9.そうだ、夜祭に行こう
夕方、緋色に染まるオアシスの向こうに沈む夕陽を眺めてから、一行は街の中心街にあるレストランで夕食を取った。
バーグナー商会が経営する貴族御用達の一流料亭だ。
流石に街中の周辺警戒中のメンバーまでは呼べなかったが、この時もセシリアの希望で行動を共にしていた者たち全員で食卓を囲んだ。
事前にグンゼルを通してレストランを貸し切っていたので他の客はいなかったが、それでもメーリックは「こんなところに殿下をお連れするなど……」と相変わらず不機嫌だった。
Ψ
他に客のいないレストランは、会話が途切れると静かだ。
すっかり日が沈んだ外からは祭囃子が聞こえる。
「素敵な音楽!何が始まるのかしら?」
「ファウンティナは昼も美しい観光名所ですが、夜はまた違った装いを見せるとか」
興味津々といったセシリアに、ルイジアナが答える。
「ルイジアナさん、お詳しいですねぇ。特にこの時期は毎日『夜祭』をやってるんですって。あたしたちも来るのは初めてですけどね」
とローズ。
「お祭り!」
さらに目を輝かせるセシリアだが、
「殿下、夕食が済んだらホテルへ帰りますよ」
ナプキンで口元を拭きながら、メーリックが厳しい顔でぴしゃりと言い放った。
「はい……」
セシリアがしゅん、とした顔で返事をする。
「メーリック様。せっかく観光地に来たのですから、少しくらいその『夜祭』と言うのを見てからお戻りになってもよろしいのではないでしょうか」
ルイジアナがそう意見すると、セシリアの顔がぱっと明るくなった。
「侍女の分際で余計な口をきくな。もう十分だろう。夜は危険だ」
「レナード!ルイジアナを悪く言わないで。ちゃんと帰りますから……」
セシリアが避難する目でメーリックを見る。
「メー——」
——リック卿。と思わず口を開きかけたアリスだが、彼が続きを声に出すより先に、
「夜が危険?なんで?」
ローズが先に口を開いた。
「お化けが出るから?」
「なんだと」
「いや、冗談だけどさ。ローエンデール最強の銃士達がいるんだから、何も危険なんてないんじゃないかな?一応ほら、あたしたちもいるしさ」
「う、うん!そうですよ」
ローズの言葉に、リリィがすかさず相槌を打つ。
「……そう言う問題ではない」
「じゃあ、どういう問題?」
「それは……」
「何か他に気になることでもあるの」
「そんなものあるわけないだろう」
そう言った後で、メーリックはしまった、という顔をする。
ローズはニッと笑ってから、「続きはどうぞ」というような表情でアリスに視線を送った。
「……それなら、少しくらいは良いんじゃないでしょうか。すぐそばで総勢二十名以上が常に警戒している訳ですから、滅多なことは起こらないでしょう。我々もおりますし、何よりメーリック卿たちがいらっしゃいますので」
アリスは最後の『何より』の後を気持ち強調して言ってみた。
あまり口を出すべきではないと思いつつも、アリス自身、メーリックのセシリアに対する態度はどうも気に入らない。
本人にどういう意図があるかは知らないけれど。
それに何より、もっと純粋に、もう少しセシリアを喜ばせてあげたいとも思っていた。
「チッ……少しだけですぞ」
予想通り、メーリックは苦虫を噛みつぶしたような顔をしながらも、引き下がった。
そう言う流れに持って行ったのは、アリスではなくほぼローズの功績だが。
「本当!?」
「良かったですね、お姫さま」
小さな花がぱっと咲くような笑顔を見せる幼い皇女に、侍女は微笑んだ。
「そうと決まれば……殿下、ルイジアナさん!砂漠の夜は冷えますので、わたし、何か羽織るものを見繕ってきますね!」
皇女の笑顔を見て自分も嬉しくなったのか、貨幣の入った布袋を片手にリリィが元気良く立ち上がった。
「ありがとうございます、リリィさま。でもどうかご心配なく。夜のお召し物もお持ちしておりますので」
今にも駆けだしそうなリリィをルイジアナが穏やかに制する。
(初めからそのつもりで……?)
アリスが思わず侍女の顔を窺うと、彼女は「念のためです」と笑顔で答えた。
「やるじゃん、ルイジアナさん!分かってるぅ」
「さすがですっ!」
ローズが親指を立ててウインクし、リリィが小さな両手で拍手を贈ると、
「恐れ入ります」
ルイジアナは優雅に頭を下げた。
「チッ!」
メーリックが忌々し気に舌打ちをするが、聞こえていないのか、それとも聞こえていないことにしているのか、ルイジアナは涼しい顔で言った。
「それでは、お姫さま。二階のお部屋をお借りして早速お着換えを致しましょう」




