8.『オアシスの街』ファウンティナ2
バーグナー商会自慢のホテルは四階建。
二十の寝室の他、小粋なインテリアで飾られた広いダイニングや舞踏会でも開けそうなほど大きなホールもあり、浴室やトイレも各寝室に設置されている他、大浴場まで備えていた。
そして何より特徴的なのは美しい庭園。
正面の門から見える花園も見事だが、裏庭もあり、花に囲まれたその中央には小さな泉が、透き通った水を湛えていた。
銃士のメーリックとエーヴェルは到着して開口一番、「最高級でこの程度か」「まあ、ナディアの田舎町では仕方あるまい」「狭くて小さい分、警護は楽だな」などと相変わらずの調子だったが、一応、子爵の息子であるアリスから見ても十分に『豪邸』だ。
従者たちと違って隣国の皇女もいたく気に入った様子で、しきりに「まあ、素敵!」「なんて可愛らしい!」と興奮している様子だった。
確かに彼女の言う通り、「きらびやか」とか「豪華」とか言うより、全体的に「可愛らしい」という表現のほうが相応しいとアリスも思った。
セシリアは、特に中庭の泉が気に入ったようで、しきりに澄んだ水を覗き込んでいた。
ホテルの敷地内を一通り紹介して回ったグンゼルの話では、この泉は街の中心にある大きなオアシスとも、街の外の水源とも地下で繋がっているのだと言う。
「今夜の夜はちょっとした贈り物を用意しておりますので、楽しみにしとってくださいね」
内覧ツアーを終えての去り際、グンゼルは空を指差してニッと笑った。
グンゼルが去ると、すぐに警護隊の会議が開かれ、その後昼食となった。
昼食はホテルの二階のレストランを利用したが、セシリアの強い希望により全員が同じテーブルに着いた。
例によってメーリックとエーヴェルは強く反対したが、最終的には侍女のルイジアナが先に全て毒見をすることを条件に、渋々折れた形だ。
当然ホテルは貸し切りなので、レストランのシェフもウェイターもウェイトレスも、彼らのためだけに食事を用意しているが、給仕の度に一皿一皿「毒見」をされるのは決して気持ちの良いものではないはずだ。
にもかかわらず嫌な顔一つせずに応じるあたり、事前にグンゼルからよほど釘を刺されていたのだろう。
昼食を終えると、セシリア達は寝室に荷物を置き、最低限の護衛だけを連れて、オアシスの街の散策に繰り出した。
ここでも誰が護衛に付くかでひと悶着があったが、最終的には銃士メーリック、アリス、ローズ、リリィの四人と侍女のルイジアナで落ち着いた。
銃士エーヴェルや軍兵ラーク、ジル、エイリークはセシリア達とは少し距離を置いて周辺警戒に当たる。他の銃士、軍兵たちも同様だ。
『オアシスの街』ファウンティナは、その名の通り、オアシスを中心に造られた街。
その歴史は古く、少なくとも帝国の統治時代より前からあったと言われている。
『大地の民』の中でも『砂漠の民』と呼ばれる民族が古くから営んできた街だ。
広大で不毛な砂漠地帯にあって、潤沢で清純な水を惜しみなく恵み、人々の命を繋ぐ。
青々とした植物が生い茂り、艶やかな花が咲き乱れる。
降り注ぐ日差しは容赦ない砂漠のそれだが、木々の葉が木陰を作り、清涼な泉に冷やされた爽やかな風が火照った肌を撫でていく。
現代のファウンティナでは、直径百メートルを超える広く深いオアシスをぐるりと取り囲むように大通りが作られ、その両サイドには屋台や露店が立ち並ぶ。
セシリア達が泊まるホテルと同じように、素朴だがどこか可愛らしい雰囲気の建物が多い。
観光と商業で栄えるこの街の人々の気風は、サンダリアンと比較すると穏やかで陽気。
そしてサンダリアン市民に負けず劣らず、お祭り好きだ。
年中、何かしら理由を付けてイベントが催されているらしい。
もちろん、観光地ならではの商業的な目的もあるのだろう。
雨季を前にした今の時期は水と泉への感謝祭シーズンということで、昼夜ともにいつも以上に賑わっている。
特に今週は毎晩、『夜祭』が開催されるのだそうだ。
セシリアはそれこそ年相応、いやそれ以上に幼い少女のように、些細なことにも興味を持っては一つ一つに感動したり目を輝かせたりしていた。
彼女が街行く人や売店の店員、観光のガイドなどと話をしようとする度に、銃士メーリックがそれを遮ったり小言を言ったりと何かと水を差していたが、それでも隣国の幼い皇女は彼女なりにこの“お忍び”の小旅行を満喫しているようだった。




