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第8話 運命の出会い

 この日の図書館はいつもと違い、どこか浮ついてざわざわした空気に包まれていた。


 ブラックレイク地方の最高権力者、フリッツ・フォン・ウォルフガング知事が視察に訪れることになっているのだ。


 『彼』は、ブラックレイク地方どころかロッソ王国全体で見ても史上初の男性知事。辺境とはいえ、女尊男卑のこの世界では、男性知事どころか市長ですら空前絶後。


 そのせいかこの地方でのフリッツ知事の人気は凄まじく、その日の図書館は一目でもその姿を見ようとする野次馬で溢れていた。


 僕ら図書館スタッフも通常業務をそっちのけで見学者整理の仕事に借り出されている。


 僕の担当は、書架を動かして作った見学スペースに集められた見学者たちの整理。特に男性と子ども対応が任されている。


 コンプラ意識に乏しく、職場でのおさわりがOKなこの世界でも、さすがに女性職員が男性利用者の体におおっぴらに触ると問題になるらしい。


 だから男性の中で不審者がいたら、すかさず僕が取り押さえることになっている。


 あと、子どもの担当になったのは、男だから子どもの扱いは慣れているだろうっていう安直な発想らしい。


 この世界では出産こそ女の人がするけど、その後、すぐに夫に子どもの世話を任せて働きに出るという形が主流らしい。なんか皇帝ペンギンみたいだ。


 そんなことを思いながら、既に満員になりつつある見学スペースを見回っていると、10歳くらいの女の子2人、そして男の子1人が遅れて入って来た。


「あ~っ、もういっぱい来てるよ~。これじゃ見えないよ~」


「え~っ!!今日こそ憧れのフィッツ知事が見られると思ったのに~」


「あんたがもたもたしてるのが悪いんでしょ!」


 その位置じゃ、ちびっこい彼らだと知事の姿を見ることはできないだろうな。

 しょうがない。知事が来られたら、さりげなく肩車でもしてあげるか…。


 最前列の方に目を移すと、若い学生風の男子達が興奮気味に話している。


「あれだろっ?フィッツ知事って元は軍人だったんだろ?そんでノワール共和国との戦争で軍功を挙げて出世して行政官に転じて、男だてらに、この女社会でのし上がって今や知事だって……」


「すごいよな~。同じ男だとは思えないよ。きっと女みたいにいかついんだろうな~」


 それを聞くと僕も興味が湧いてきた。この、女が圧倒的優位の社会で、大出世するなんて、いったいどんな男の人なんだろう?


 野次馬たちに注意を払いながらも、それでも気になって知事が来る方をチラチラと見てしまう。


 その時、歓声とどよめきが聞こえて来た。


「来たよ!来た来た~」


「すご~い!オーラが見える~」


 前の方の学生達も騒ぎ始めた。僕もそちらに視線を移すと、小柄なおばあちゃんである図書館長の案内を受けながら、50歳くらいの長身の男の人が歩いてきた。


 高級そうな礼服で、その筋肉質で分厚い身体を包んでいる。頭はスキンヘッドだけど、顎の下にオシャレに整えられた鬚を生やしている。


 なるほど、想像通りいかつい。


 子どもたちの方を見ると、ざわめきを聞きつけたのかぴょんぴょん跳ねながら焦り出した。


「わ~ん…全然見えないよ~。ノルンが遅れたせいだ~」


「うっさいな~!!あっ、そうだこうすればいいじゃん!!」


 ノルンと呼ばれた活発そうな女の子が隅に寄せられた書架に飛びついて登り始めた。


「ノルンちゃん、あったまいい~!わたしもそうしよっと!」


 連れの女の子も書架を登り始める。


「やめなよ。あぶないよ~」


 男の子は、書架の下にとどまったまま心配そうに見上げている。女の子二人は構わずあっという間に書架のてっぺんまで登ってしまった。


 確かにあれは危ない。注意しないと。


 僕が一歩踏み出そうと瞬間だった。


「わっ、わっ、わ~!!」


 女の子二人の重みで書架がぐらりと揺れてゆっくりと男の子の方へ傾き始めた。


 まずい!!書架に圧し潰されちゃう!!

 その瞬間、体が自然に動いた。


「ふんが~っ!!」


 気づけば、僕は書架と男の子の間に体を入れ、両腕で書架を支えていた。バフを使っているとはいえ、全身の関節がきしむくらい重い。


「早く書架から降りて、離れて!!」


 僕が必死に声を絞り出すと、女の子達が書架から飛び降り、男の子の手を引っ張って離れたのが目に入った。


「こんちくしょ~っ!!」


 気合を入れて書架を押し戻すと、傾いた書架を元の位置に戻った。まだ少しぐらぐら揺れてるけど、倒れる心配はなさそうだ。


「危なかった~。だめだよ。書架に登ったら。倒れて下敷きになって死んじゃうところだったよ」


「ごめんなさ~い……」


 子どもたちはシュンとなり、きちんと反省しているようだ。

 いずれにしても怪我がなかったようでよかった。

 ホッとしたらバフの効果が切れ、力が抜けてその場にへなへなと崩れ落ちた。


「なんと!!まさか男だったのか!!男なのにあの大きな書架を一人で支えて、それで押し戻したのか?」


 聞き慣れない声に顔を上げると、そこには顎鬚のスキンヘッド。あのフィッツ知事がいて僕を見下ろしていた。


 緊張のあまり、思わず息を飲む。


「ふむ……。若いが身体は細いな。それであの力が出せたということはバフを使ったのか?君は男なのにバフが使えるのか?」


「……は、はい!!最近マスターしました……」


「なるほど、珍しいな……。彼はここの職員なのか?名前は?」


 フィッツ知事は顎鬚を手で触りながら、随行している図書館長の方を振り返る。


「ええっと、彼は、たしか……カズキ・オータニ、数か月前から図書館で働いている役所の職員です」


 図書館長は一応僕の名前を憶えていたようだ。ただ、「臨時」職員と伝えるのを忘れている。


「そうか……男なのにバフが使えて、役所の正職員で、しかも若い……。ふむ、あいつの下にちょうどいいかもしれんな。よし。決めたぞ。後で秘書から連絡させる」


 そう言うとフィッツ知事は、僕の肩をぽんと叩き、そのまま何事もなかったかのように図書館長を従えて視察に戻って行った。


 この瞬間、へたりこんだ僕はまだ、僕の運命が大きく動いたことに気づいていなかった。


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