第55話 カリスマの誕生
僕が控室で呆然とたたずんでいると、外から歓声が聞こえて来た。どうやら党大会が始まったらしい。
僕はさっきミンツから渡された挨拶原稿に目を通した。その中身は拍子抜けするくらい大したことがない。党大会の開催を祝う社交辞令の言葉が並んでいるだけだった。
「僕がカリスマになる……どうやって?いや、そもそも絵里奈の思惑通りカリスマになっていいのか?」
絵里奈が言う通り、このロッソ王国が万民平等の実力主義の国になるっていうのはどういうことだろう?
王族や貴族がいなくなって、実力だけで評価される世の中って、僕がいた日本と同じ感じだろうか?
ソフィア、エリーゼ、ヤン、カイロス、カミュ、それにユキとタロ……。この世界で出会った人の顔が次々と思い出された。
昔は色々と不満を言ったこともあったけど、今は彼らに特に不満を感じることはない。
別にこの国の王族や貴族が圧政をしているというわけでもないし、慣れてしまえば、この世界の男という立場も悪いものじゃない。それでも彼らが言う通り世の中を変えるべきなんだろうか?
カミュのような学生、それにタロとユキのような未来ある立場ならどうだろう?
男の子だけど魔力が強いタロがその力を存分に生かし、力のないユキは相応しい場所で静か暮らす。男とか女とか関係なく、活躍できる世の中は悪くないかもしれない。
そんなことを悶々と考えていると、僕の出番が近づいて来たようだ。控室に迎えが来た。
「じゃあ、お名前を呼ばれたら演台に向かってお歩きください。演台に拡声器がありますので、それに向かってバフを使って大声を出せば会場の隅々までお声が届くと思います」
僕を迎えに来てくれたスタッフは、暗い舞台袖でそう教えてくれた。舞台袖から見えるホールは満席を通り越して人がひしめき合っていた。二階席には軍礼服を着た兵士たちも立ち並んでいる。きっとあそこにシャーロット殿下がいらっしゃるのだろう。
「あっ!!」
思わず息を飲んでしまった。二階席の貴賓席近く、警備兵と一緒に礼服姿のエリーゼが座っている。
しかし驚いている暇はなかった。司会が僕の名前と経歴を読み上げた。とうとう出番が来てしまった。
緊張でぎくしゃくしながら、ライトアップされた舞台に足を踏み出し演台に向かうと、会場から万雷の拍手とともに、歓声のようなどよめきが伝わって来た。
無意識にエリーゼの方に目を遣ると、彼女が心配そうに見つめている顔がよく見えた。
その周囲では警備兵が……杖だろうか?何か棒のようなものを動かしている様子もチラリと目に入る。
演台に着くとメガホンみたいな拡声器が備え付けられていた。胸から挨拶状を取り出し、少しためらった後、それを演台の上に裏返しに置いた。
ようやく決心がついた。絵里奈やミンツがどんな思惑かはわからない。でも、僕は、今僕が思っていることを素直に伝えよう。
僕が大きな声を出すため、バフを掛け、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間だった。
ヒュッ!!と笛を吹くような音がした。
口笛?指笛?
そう思った直後、左胸に強い衝撃を受けた。
えっ?あれっ?
ヒュッ、ヒュッ!
また笛のような、空気を裂く音がして、今度は頭、それから右胸に衝撃があった。
ふっと力が抜けて、まるで地面がなくなったみたいに腰から崩れ落ちた。倒れる瞬間、エリーゼの方を見ると、驚く彼女の横で、鉄パイプのようなものを僕の方に向ける兵士が見えた……。
◇
「‥‥‥ここに、英雄は倒れた。英雄を恐れた王族の陰謀で!!」
うん?誰かしゃべってるのか?誰だ?
目を開いた。だけど視界がぼやけてよく見えない。倒れた僕の横で、誰かが立ってしゃべっている。
いったい誰だ?
「貴族であり、女でもあるエリーゼは、かつて魔力もないのに、力ある男を踏み台にしてのし上がった。そして用済みになり邪魔になったら追放し、一人栄華を極めた。しかも我々が、それを批判したら、貴族として女としての力を使って英雄に圧力をかけ、その口を封じようとした。しかし、英雄の功績を盗んだ事実は消えない。だから、今日、とうとう英雄を殺したのだ!」
エリーゼが殺した?
いったい誰を?何を言ってるんだ?
徐々に目の焦点が合ってきた。さっきから僕の横に立ってしゃべっているのは、ミンツだ!!
「もはや対話での解決はできない。女たちが対話を拒否するならば、我々も剣を取って立ち上がらなければならない。貴族と、女たちと闘って、男としての権利を勝ち取るのだ!王族・貴族を許すな!!女を許すな!立ち上がれ!!」
本当にいったい何を言ってるんだ?この人は!
「英雄カズキは殺された!!貴族に怒りをぶつけろ!女に憎しみをぶつけろ!いまこそ立ち上がれ!!」
耳もはっきりと聞こえるようになってきた。
会場がざわめいている。
「殺せ」「やってしまえ」という物騒な掛け声が飛び交っている様子も、皆が立ち上がり、動き始めた気配もはっきりわかった。
「勝手に、殺すな~!!」
僕が力を振り絞り、ミンツのベルトを掴んで立ち上がり、声をあげた。
会場にいた群衆達が動きを止めて、僕の方を見つめた。
ゆっくりと僕の方を振り返ったミンツの顔には、驚きというよりも恐怖の色が見えた。僕は唖然とするミンツを押しのけ、演台の前に立つ。
「僕は、この世界に来た時、妻のソフィアに助けられた。ソフィアは、少し怒りっぽくてノンデリなところがあるけど、いつも僕のことを考えてくれた。たった一人の家族と別れてしまった僕を慰めてくれて、僕に新しい家族を与えてくれた!!」
痛みを耐えながらの気迫が伝わったのだろうか?
何千人もいる群衆が水を打ったかのように静まり、僕を見つめて次の言葉を待っている。
「ブラックレイクの職場の女性の先輩方も、オクタゴン要塞の兵士仲間も、陸軍省の同僚も、みんなセクハラはするし、僕が男だからって舐めてくることもあったけど、一人一人はみんないい奴だった。それから……」
次の言葉の前に二階の貴賓席の方を見て、その人影を探した。だけどもう避難したのだろうか?
そこには誰もいなかった。
「名門貴族でエリートだからっていつも空威張りして、プライドが高すぎて自分のことしか考えてなくて、自己中心的で、でもコンプレックスをバネに血を滲む努力をして、部下思いで、すごく尊敬できるエリーゼ……。僕は、女性も、貴族にも怒ってない。エリーゼを憎んでなんかいない!!」
「ちょ、ちょっとやめろ!!」
ようやく我に返ったのか、ミンツが僕を引っ張り無理に演台から引きずりおろそうとした。だけど、僕は彼を振り払い、必死で演台にしがみつく。
「平民だからとか、男だからとか、バフが使えないからとか、そんな理由で不利になる世の中がいいとは思わない。だけど考えてほしい。自分の周りの人を思い出して欲しい。その人たちを憎まなきゃいけないのか、力で倒さなきゃいけないのか……」
そこまで言ったところで、めまいがした。貧血か…?
そのまま後ろに倒れて、頭をうちつける……直前で体が止まった。何か柔らかいものに背中が包まれている。
「えっ、エリーゼ?」
「急いで降りてきたら間一髪間に合った。まったく、君ってやつは。いつも無茶しかできないの?」
「危ないですよ。暴徒に狙われてます………」
「いいんだ。今だけ守らせて欲しい。前は勝手なことを言って君を怒らせちゃったけど、今だけ……」
まったく、いつも勝手なことばっかり言って。
僕はどこか安心した気持ちを覚えながらそっと目を閉じた。




