第56話 カズキの幸せ
「あっ、パパ~」
「パパ~ッ」
王都の病院に入院してから10日後、思ったよりも早く家族が病室に来てくれて、喜びのあまり一瞬だけ痛みを忘れた。
ブラックレイクからは普通は馬車で片道10日かかるはずだから、きっと早馬を使ってくれたのだろう。タロとユキに、ソフィア。僕の大事な家族。また生きて会えて嬉しい……。
「大丈夫だった?もう~どうして心配かけるの!!」
子どもたちに続いて入って来たソフィアは腰に手をあてて、眉間に皺を寄せている。口調も怒った感じだけど、心配してくれていた様子がありありと伝わってきて、思わず胸が詰まる。
「ごめん。心配かけて。鎖骨が折れて、脳震盪もあったけど命に別状はないみたい」
僕は、おそらく絵里奈が開発した魔力式のライフルで狙撃されたのだろう。ただ、ちょうど撃たれたあの時、大声を出そうと、全身に目いっぱいバフを掛けていたことが幸いしたようで、銃弾を全て弾き飛ばすことができたらしい。
「それならよかった。でも、もう無理しないでよ」
「ごめん……」
僕がソフィアをじっと見つめると、彼女は照れたのか顔を赤くしてそっぽを向いた。
「それにしても、すごいお花だね」
「ああ、うん……」
部屋を埋め尽くす花の贈り主は、エリーゼ、カイロス、ヤン、ビアンカ、フローラ、デボラ…他にも数えきれないくらいたくさんの友人たちから。
この世界に来た時はたった一人だったけど、今ではこんなにたくさんの友人がいる。
「なんかお葬式みたいだね。このままお葬式になってもお花には不足しないだろうな」
ソフィアのぶっきらぼうなノンデリ発言だけは、この世界に来た時から変わらない。
ただ、今の僕にはわかる。彼女は不器用で、照れ隠しにこんな言い方しかできないだけなんだ。
「パパ~、このお花の札、なんて書いてあるの?」
「読めな~い」
タロとユキが指さした先には、鉢植えの胡蝶蘭があった。これは僕が意識を失っている間に運び込まれてきたものだ。
「ふふっ、パパにも読めない。なんて書いてあるんだろうね?」
いや、実は読める。そこに刺さった札には、日本語で『杣口絵里奈』と書かれていたからだ。しかも日本語で書かれた手紙も添えられていた。
『今回は部下が暴走しちゃってごめんね。また一緒に狩りにいこうね』
僕を暗殺しようとした黒幕なのに、あまりに悪びれない言葉に苦笑しかできない。高校の時はあんなにおしとやかだったのに、こっちの世界に来てからだいぶ性格変わっちゃったな~。
結局、あの党大会で、ミンツの呼びかけに応じて武装蜂起する党員は現れなかったらしい。その後、すぐにミンツ達幹部は姿を消し、PFPは崩壊状態になったとか。
今日も病院の窓から見える外では、うららかな陽気の下で平和な日常が営まれている。
退院したら僕もブラックレイクに帰って家族と一緒に平和に暮らそう。もう余計なことに巻き込まれるなんてまっぴらごめんだ。
僕はベッドの上からソフィア、そしてタロとユキの姿を見ながら、堅く誓った。
◇
あれから何十年経っただろう。
あの党大会での僕の演説に心をうたれた人々の頑張りで、ロッソ王国の社会は大きく変わり、貴族も平民も、男も女も公平な素晴らしい世の中になった……なんてことはない。
そんな簡単に社会は変わったりしない。
相変わらず女が働き、男が家庭を守る伝統的家庭スタイルは変わらないし、役所や軍のお偉方のほとんどは貴族のスーパーエリートが占めている。
だけど、ちょっとずつ世の中は変わっている。今では男とか女とか、貴族とか平民とか関係なしに仕事や生き方を選びやすくなった。
成長したタロは、王都に出て士官学校に入校した。かつて士官学校は貴族の女子しか入学を許されていなかったけど、陸軍長官が平民・男子枠を作ってくれて、そこに滑り込んだのだ。
陸軍長官のエリーゼには本当に感謝している。
対照的にユキは、地元で手芸品を売る店を開いてのんびり暮らしている。一昔前なら女の癖にだらしないなんて言われそうな生き方だけど、本人はまったく意に介さず幸せそうだ。
そういえば風の噂で聞いたところによると、絵里奈は、ノワール共和国で出世に出世を重ねて、一時は次の大統領候補にまでなったらしい。
だけど、そこで部下に裏切られて失脚して投獄までされて……。
しかしそこからまた最近、復権して政治家に返り咲いたというジェットコースターみたいな人生を歩んでいる。あの人は本当に楽しそうに生きるな~。
僕は、何年経っても変わらない。今日も今日とて図書館で働きながら、ソフィアと一緒に静かに暮らしている。
ぼんやりと過去を思い出していると、視線の先にいたソフィアがこちらに気づいた。
「どうしたの、じっと見て?」
「ううん、なんでもない……」
僕は軽く微笑み、お茶を淹れるために立ち上がった。




