第53話 来訪者の啓示
「カズキさん、お客さんが来てますよ」
僕がPFPの集会に参加するため王都に到着し、宿に腰をおろして間もなく、ボーイから意外な人が訪ねて来たと連絡を受けた。
「あ、アレックスさんじゃないですか?ご無沙汰してま~す!」
訪ねて来たのはアレックスさん。
元々はノワール共和国人で、最前線の街にいた時に拉致されてロッソ王国に連れて来られた。その後、貴国の機会もあったのに、なぜかずっとこの国にとどまっている。
まだ、僕が陸軍省にいた時、未帰還者の支援業務を通じて知り合ってからの付き合いだ。
「今日はどうしました?またバフですか?」
「すみません。無駄だと分かっているんですが、あきらめきれなくて」
恐縮するアレックスを黙ってロビーの椅子に座らせ、肩に手を置いて魔力を流し込む。
アレックスと再会したのは軍を退役した後のことである。ミンツがブラックレイクまで魔力発現の素養があるとして連れて来たのだ。
残念ながらアレックスは魔力が発現しなかった。おそらく素養がなかったのだろう。
だけど、アレックスはあきらめきれなかったようで何度も僕を訪ねて来た。ブラックレイクまでの旅費も馬鹿にならないだろうに。
「どうですか?」
「だめです。何も変わりません……」
アレックスは力なく首を横に振った。もう数えきれないくらいチャレンジと失敗を繰り返しているから、僕もやっぱり無理だったか…としか思わない。
だけど、アレックスはかわいそうなくらい落胆している。
「残念でしたね。ただ、別にバフが使えなくても今と変わらないだけですし、元気出してください」
僕が声を掛けても、アレックスはうなだれたままだった。
「だめなんです……。PFPの活動が盛り上がっていて、このままだとロッソはノワールと同じなってしまう」
「ああ、たしかノワールでは男女平等で実力主義なんですよね。ロッソもそうなると、男にとってもっと住みやすくなるんじゃないですか?」
「とんでもない!!」
アレックスの予想外の強い否定の言葉に驚いてしまった。僕のひいた様子を見て我に返ったのか、アレックスはまたおどおどした様子に戻った。
「すみません。ただノワールが採用している男女平等の実力主義は、PFPが言っているようないいものじゃないんです。あれは、男も女も、力がある奴もない奴も同じ土俵で勝負させられるって意味なんです。そりゃ、カズキさんみたいに魔力も強い実力者だったらいいですよ。でも、俺のように魔力もなく何の取り柄もない男は、競争に負けて居場所もなくなって、惨めな思いをするだけなんです……」
「そんなことないですよ……」
「いえっ!わかります!ノワールではそうだったんです!!魔力の適性に関係なく、やればできるなんて言われて同じ学校で競争させられて、やっぱりついて行けず勝手に親に失望されて、卒業してからも仕事もろくに見つからず、女からも男からも落ちこぼれ扱い。あげくニート対策として強制的に最前線にある街に入植させられて……しかも、そこにロッソ軍に進駐し、あっさり味方に見捨てられて拉致された時は絶望しました。落ちるとこまで落ちたなって……だけど、ロッソに来てからは意外にも幸せでした。何もできないのに、みんな男だからという理由だけで優しくしてくれて、頼りがいのある妻とも出会えて、俺を守ってくれるって言ってくれて……」
「ああ、だからノワールに帰りたくないって言ってたんですね」
僕の言葉にアレックスは黙ってうなずいた。
「だけど、ロッソがノワールと同じになったら、またロッソの時と同じ目に遭ってしまう。そんな実力主義社会で生き抜くためには、何としても魔力を発現させて、バフを使えるようにしなければいけないんです。カズキさん、もう一回お願いします」
「ま、待ってよ。考え過ぎだって。ロッソとノワールは別の国なんだし、アレックスさんが思ってるのと同じ状況にはならないと思うよ」
しかし僕の言葉にアレックスは力強く首を振り、それから何かに気づいたようにハッとしたような表情をして黙り込んだ。
「……アレックスさん?」
アレックスは僕の問いかけにも答えずしばらく黙っていたけど、やがて顔をあげて僕を強く見つめた。その瞳には何かに決意したかのような力が宿っている。
「カズキさん……こんな俺にもすごく良くしてくれたので、カズキさんだけにはお話させていただきます。PFPの活動はノワールの工作によるものです」
「ええっ??」
「俺が前線の街に入植させられた時に軍人から言われました。ロッソの男たちは女に虐げられているから、男たちを解放するって旗印を掲げればロッソの体制を崩すことができる。来るべきその日のためにお前たちは、草莽としてロッソに潜入するんだとはっきり言われました。おそらく、ミンツのようなノワールからの帰還者たちも、ノワールで教化されて同じ使命を帯びているのだと思います」
「えっ?まさか?そんな?誰がそんなことを?」
みんな揃いも揃って脳筋で、ろくに技術も進歩しないこの世界でそんなことを考える人がいるなんて信じられない。
「噂でしか聞いたことがありませんが、何年か前に、ノワール共和国に、突如、彗星のごとく大軍略家が現れたそうです。彼女はこの作戦を『シミンカクメイ』と呼んでいました。俺がいた街でも、兵士たちが、『ロッソにシミンカクメイを起こすんだ!』を合言葉にしていました……」
『シミンカクメイ』
この世界では聞いたことがない言葉。
だけど僕にはわかる。世界史で勉強した『市民革命』のことだ。
そして、そんなことを考えそうな人はただ一人。同じ世界から来た彼女。杣口絵里奈しかいない……。




