第51話 エリーゼとの再会
「あっ、えっ?」
5年ぶりに会うエリーゼ。懐かしい気持ちはある。でも、それ以上に申し訳ない気持ちが勝って会わせる顔がない。
5年前、エリーゼが勝手に先走って僕を退役させたことは頭にきた。
だけど彼女だって悪気があったわけじゃない。それよりも、あんなにお世話になって、ずっと苦楽を共にしてきたのに、捨てゼリフみたいなことを言ってそのまま別れてしまったことの方が悔やまれる。
エリーゼも気まずいのか、顔を赤くして、もじもじしている。
「ほら、エリーゼ。カズキさんに伝えることがあるんだろう。そのためにわざわざここに来たんだろ?」
フリッツ知事がエリーゼの背中をバンッと叩いた。エリーゼは少しよろけた後、意を決したようにうなずいた。
「カズキ……さん。あの、その…退役させたこと、あなたに相談もせずに勝手に突っ走ってしまったこと、本当に申し訳なく思っています。ごめんなさい!!」
エリーゼが膝の前で手を揃えて深々と頭を下げた。
一瞬、何があったかわからなかった。だけどすぐにエリーゼが謝罪していることに気づいた。あの貴族らしくプライドが高くて高慢で、自分の頭を下げるくらいだったら、相手の頭を足で踏みつけるくらいのエリーゼが頭を下げている……。
「頭を上げてください。僕もずっと気になってたんです。エリーゼ中将にあんな捨てゼリフを吐いて、後ろ足で砂を掛けるように出てきてしまって。ごめんなさい」
僕も深々と頭を下げる。エリーゼも頭を下げたまま。そのまま僕は何も言えなくなった。エリーゼも何も言わない……。
「二人とも、そのあたりで頭を上げたらどうかな?積もる話もあるだろう?」
フリッツ知事が取り成してくれなければ、僕たちはずっと腰を曲げたまま一生を終えることになったに違いない。
痛む腰をさすりながらソファに腰かけると、向かいに膝を揃えてちょこんと座ったエリーゼがかすかに微笑んでいる様子が見えた。
「うむ、お互いわだかまりは解けたようだな……。カズキさん。それでは、あれはもう勘弁してもらえないかな?」
「あれ?あれとは…?」
「うん。あれだよ……ほら今も聞こえてくる」
知事が何を言っているのかわからない。静寂の中に、庁舎前の広場で行われているPFPの演説だけがかすかに聞こえてくる。
「エリーゼの話はこいつ個人の問題ではなく、ヴォルフガング家全体の不名誉なのだ。だから……」
「もしかして……PFPの活動とか、エリーゼ中将が攻撃されてる話とかに、僕が関係しているって思ってます?」
「違うのか?」
僕の言葉にフリッツ知事とエリーゼがキョトンとした顔になった。
「違いますよ!知事はご存じかもしれないですが、僕はずっとこの街にいて、毎日図書館で働いてるじゃないですか。とても政治活動に関わる余裕なんてありませんよ」
「そうなのか?いや、確かに図書館長からは、特に政治活動をしている様子はないと聞いているが……」
フリッツ知事とエリーゼが困ったような顔で目を見合わせている。
「それに、さっきも言いましたが僕は別にエリーゼ中将を恨んでいませんよ。僕が勲章をいただけたり、退役してから5年経った今でも、予備役のまま福利厚生を受けられるのは彼女のおかげですよね。ずっと会わせる顔が無くて、伝える機会はなかったけど、それには本当に感謝してるんです」
僕が目を見て力強く宣言すると、ようやく僕の本心が伝わったようだ。フリッツ知事は黙ってうなずいた。エリーゼは、なぜか顔をほころばせている。
「わかった。君は嘘を言ってないだろう。しかしそうすると困ったな……。PFPの攻撃はどうしたらいいのか……?正直、エリーゼは窮地にいる。軍を追われるかもしれん……」
エリーゼの方をチラリと見ると、表情が一変して神妙な顔でうつむいている。よく見ると少し、いやだいぶやつれてる?
……しょうがないな。
「力になれるかわかりませんが、PFPに知り合いがいますので伝えてみましょうか?エリーゼ中将の話は誤解で、別に僕は何とも思ってないって……」
「おおっ、ありがとう。そうしてくれると助かるよ!いや、さすがカズキさんだ!よくわかっている」
知事が大げさなくらいの喜びの色を見せ、立ち上がって僕に握手を求めた。僕の手を握る力も異常なくらい強い。バフを掛けていなければ骨が砕けてしまったかもしれない。
「じゃあ、公務があるのでここで失礼するよ。いや、よかった!」
知事が退室しようとする素振りを見せたので、僕も立ち去ろうとすると、ずっと座って黙っていたエリーゼが「あ、あのさ」と声を小さくあげた。
「あの、今、わたしは人事部長してるんだ。その権限を使えば、君を少佐、いやそれ以上に引き上げることもできる。王都へ戻ってきて、また一緒に働いてくれないかな?」
上目遣いのエリーゼの表情は真剣だ。長い付き合いがあったからわかる。彼女は本気でそう思ってくれているのだろう。だけど……。
「ごめん。僕はこの街で、図書館で働いて、夜には家に帰って妻と子どもたちと一緒にご飯を食べる生活に満足してるんだ。だから、王都には行けない」
「あっ?えっ?妻?子ども?そっか、そうなんだ……」
僕は、エリーゼの驚いたような、それでいてため息をつくような、色々な感情がこもった言葉が尽きるのを待たず、そのまま知事を追って廊下に出た。
一瞬だけ、目の端に悲し気なエリーゼの顔が見えたけど、僕はもう振り向かなかった。




