第50話 大きな流れ
思い悩むことはあるけど、それでも日々は過ぎていく。今日も今日とて図書館へ定時出社である。
「カズキさん、ご足労をおかけして申し訳ないけど、今日は本省へ行ってもらえないかしら?上の方がお呼びみたいで」
「いいですよ。終わったら直帰でいいですよね」
図書館長に声を掛けられたのは、そんな何でもない日の昼下がりだった。
街の外れの静かな場所にある図書館とは異なり、本省庁舎は街中央の官庁街にあるので、少し距離がある。
バフを使って走ってもいいけど、どうせならゆっくり歩こうと、普通に徒歩で向かっていると庁舎前の広場に群衆が見えた。
なんだろう?旗も立っている。
「PFPの演説会がありま~す!お願いしま~す」
道の先でビラを配ってる若い男子。見覚えがある。あの子はたしか……。
「お願いしまっ…、あっ!カズキさん!!」
ビラを配っていたのは、カミュ。いつぞや図書館で開かれたお仕事説明会に来てくれて質問をしてくれた学生だ。
「どうしたの?今日は学校じゃないの?」
「ああ、はい。今日はPFPの偉い人が来て演説会があるので、お願いして手伝わさせていただいているんです。カズキさんもどうぞ」
カミュから受け取ったビラには、『PFP演説会 15時から』と書かれていた。PFPによる政治運動の波が、とうとうこの田舎町まで……。
「カミュくんはPFPの支持者なんだ」
「はい!!やっぱり、女だからとか貴族だからって、バフも使えない人が大きな顔しているのはおかしいじゃないですか!!カズキさんみたいな、物凄い魔力を持った実力者が正当に評価される世の中に変えるべきですよ!!」
カミュは拳を握り締めながら目を輝かせている。その若く、キラキラした熱意が眩しい。
「カミュくんもバフが使えるようになった?」
「まだです。だけど、PFPに貢献するとカリスマに会わせてもらえて、その人の恩恵を受けると、魔力を発現させてもらえて、バフを使えるようになるらしいです!!」
えっ?何それ?カリスマに会えて?バフを使えるようにしてもらえる?それって……。
気になったので、広場に行って演説を少しだけ聞いてみることにした。
もしかして僕は、意図せずして大きな流れに巻き込まれているかもしれない。
広場の中央では、もう既に演説会が始まっていた。知らない中年の男の人が拳を振り上げながら大声を張り上げ、それに観衆が呼応している。
「軍でも中央政府でも、実力に関わりなく家柄や性別で出世が決まっている。この地方出身の英雄を見ろ!!この国全体で見ても比肩する者がない随一の魔力を有し、たった一人で要塞を奪還した大英雄であるにもかかわらず、ただの大尉で退役させられ、この町で逼塞させられている!!」
やっぱり僕の話がされてる!!
しかも、名前こそ出てないけど、だいぶ盛られた話になってる……。
恥ずかしい。僕は気づかれないよう袖で顔を隠し、そそくさとその場から離れようとした。その時だった。
「この英雄の功績は、すべて悪い貴族の女によって盗まれたのだ。その女は、実力もなく、バフも使えないくせに、女で上流貴族出身であるという理由だけで、英雄を家来のように使い英雄の功績を盗んで高官に昇り詰めた。そして自分が偉くなったら、邪魔になった英雄をぼろ雑巾のように捨て、軍からも王都からも追い出したのだ。その女、エリーゼ・フォン・ヴォルフガング!!このブラックレイクの知事の姪である!こんな奴をのさばらせていてよいのか!!本来なら中将の地位に着くべきは、英雄カズキ殿が相応しいのではないか!!」
ええっ?なにそれ?
内心では驚いたけど、名前も出てしまったし、これ以上ここにとどまるのは危ない。僕は慌てて広場から離れた。
◇
本省庁舎の最上階。部屋に案内された僕は居心地の悪い思いをしていた。
ここは貴賓室。知事が賓客をもてなすための部屋……。
ここに案内されたということは、フリッツ知事だけはなく相当の賓客に会わなければならないということだ。
「そうだったら、ちゃんと前もって言っておいて欲しいよな~」
図書館長の薄ぼんやりした顔が脳裏に思い浮かび、心の中で毒づく。
ガチャッ!
ドアノブが回される音がした。僕は反射的に立ち上がる。緊張でお腹痛くなってきた。
誰だ?もしや王族?
しかし、部屋に入って来た人物は、僕の想像を超えていた。
「いや、お呼び立てして悪かったね。まあ座って座って」
先に入って来たのは、スキンヘッドに顎髭、筋肉質な巨漢のフリッツ知事。相変わらずクマみたいな顔。ただ僕が驚いたのは一緒に入って来た賓客の方。
知事の後ろから小リスみたいにぴょこぴょこと歩きながら付き従う小柄な彼女。つやつやした青髪のボブに相変わらずの童顔……。
「や、やあ、久しぶりだね……」
ためらいがちに右手をあげた彼女は間違いない。
エリーゼ・フォン・ヴォルフガング。
かつて役所のギルド管理課で、陸軍のオクタゴン要塞で、そして陸軍省で僕の上司だった、あの彼女だった。




