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第4話 この世界のしきたり

 翌日になって、ソフィアを仕事に送り出した後も、僕の心のもやつきはおさまらなかった。


 昨日みたいにソフィアが不機嫌になって怒られることは頻繁にある。


 実際、僕が頼まれたことを忘れていたとか、家事が行き届いていないとか、僕が悪い場合も少なくない。


 しかもソフィアの仕事は街道を守る冒険者。

 モンスターと戦う危険な仕事だし、ストレスも溜まっているのだろう。


 だけど、僕の言い分をまったく聞いてもらえず一方的に怒鳴りつけられるのは納得できない。

 僕がいた現世の日本だったらモラハラになるんじゃないだろうか?


 ……かといって、ソフィアに言い返すことも怖くてできない。


 正直、ソフィアの機嫌を損ねるのが怖い。


 僕は手に職もないし、この世界に知り合いもほとんどいない。ソフィアに愛想を尽かされて家から出て行けと言われたら路頭に迷うしかない。


 逃げ場がない以上、辛くても我慢するしかない……。


「こんなこと、ずっともやもや考えてちゃだめだな。集中しないと」


 僕は、平手で頬をパンッと叩くと、気を取り直して机上の本に視線を戻す。


 この日、僕は午前中の家事がひと段落ついたので公立図書館にやって来た。


 この世界の文字は猛勉強ですぐにマスターできた。だから、次はこの世界のことを知ろうと、暇さえあれば読書に勤しむことにしている。


 図書館に通い、ひたすら本や新聞、地図などを読み続けて、だいぶ色々なことがわかった。


 僕が住んでいるのはロッソ王国という名前の北、東、南を海に囲まれた半島の国。その国の東の辺境にあるブラックレイクという名前の地方らしい。

 そしてロッソ王国の王都はロマーニャ市。ブラックレイクから西へ西へと馬車で走り続けて10日くらいの距離にあるそうだ。


 なお、ロッソ王国はここ何年か隣国のノワール共和国と国境付近で戦争中らしい。


 ただ、ノワール共和国との国境は西の端。ブラックレイク地方から国境までは馬車で1か月くらいかかる遠方だからか、この街に住んでいる限り、あまり戦争の影は感じない。


 あと、この国の男の地位が、女に比べてすごく低いこともわかった。


 これは本で知った知識というよりも、ここで知り合った彼から教えてもらったのだが……。


「あっ、カズキ。今日は早いね」


 ちょうどその彼、レオンが事務室から出て来て声をかけてくれた。彼はこの図書館で司書として働いていて、本の相談をするうちに仲良くなった。


「レオンさん、ちょっと相談したいことがあるんですけど……本のことじゃなくて個人的に……」


「ああ、いいよ。もうすぐお昼休みだから一緒にランチしようか?」


 レオンの言葉に甘えて、図書館の休憩スペースを借りてランチを食べながら話を聞いてもらうことになった。



「レオンさん、お一つどうぞ。ソフィアに作ったランチの残りですけど」


 僕が作ってきたサンドイッチを差し出すと、レオンは「ありがとう」と微笑みながら手を伸ばす。


 もう30歳近いと聞いてるけど、肌はツヤツヤだし、ちょっとした所作も花が舞っているように爽やかだ。


「ソフィアは元気にしてる?たまには図書館に顔を出すように伝えてよ」


「はい。実は今日相談したかったのはソフィアのことで……」


 僕はレオンに昨日のことを説明した。いや、昨日だけじゃない。この頃は、頻繁にソフィアに理不尽に怒鳴りつけられ、毎日のように震えあがっていると愚痴をこぼした。


「ソフィアは昔から不器用だからね……。根は悪い人じゃないんだよ。うまく感情を表現できないだけだから気にしない方がいい」


「はい、それはわかっているんですけど……それよりも問題は僕の方にあるんです。理不尽なことに言い返したいんですけど、そんなこと言ったら追い出されるかもしれないって思うと怖くなって何も言えなくて……」


 俯きがちに目を伏せると、レオンは心配そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。


「わかるよ……。この国じゃ男の地位は弱いもんね。妻に愛想を尽かされて家を追い出されたらと思うと僕も不安になることがあるよ……」


「レオンさんも?ちゃんと司書の仕事もして自立してるのに何が不安なんですか!?」


 僕が驚くと、レオンは乾いた笑いを返した。


「司書とはいっても臨時職員だし、稼ぎなんかたかがしれてるよ。他の仕事を探そうったって、この国でバフも使えない男が、稼げる仕事に就くのなんかムリゲーだしね」


「そうですよね……」


 この世界に来てしばらくしてから、この世界の女性には魔力という不思議な力があり、その魔力を主にバフによる身体強化に使っていることがわかった。

 バフをかけると、身体能力が5倍から10倍以上になり、超人的な運動能力や怪力を発揮できる。この世界の女性はその超人的な力を、農業・工業から軍事までフル活用している。


 ただ、この便利な魔力が男女格差の大きな原因にもなっている。


 個人差はあるけど、ほぼすべての女性は生まれつき魔力があり、小学生くらいの子どもでもバフをかけることができる。だけど、魔力を持った男は極めて稀らしい。少なくとも僕はバフをかけられる男に会ったことはない。


 つまりバフの有無により、男と女では5倍から10倍近い身体能力の差が生じているということだ。


 その結果、この世界では女性が力強い屈強な存在、男はか弱い存在として認知されている。


 しかも、それが社会的地位にも影響している。社会のリーダー層・エリート層は女性だけ。それ以外の女性も外でバリバリ稼ぐことが当たり前になっている。一方、男は女をサポートする裏方。


 そもそも定職に就いている男がほとんどいない。専業主夫として家庭を守るのが主な役割になっている……とレオンから教えてもらった。


「やっぱり、この国で男がちゃんとした仕事に就いて自立するのは難しいですかね?」


 わずかな例外はないだろうか?縋るような僕の視線に、レオンは無情にもうなずいた。


「難しいかな……自立しようなんて考えないで、男は家庭のことを頑張った方がいいと思うよ。そうだ。早く子どもを作ったら?そうしたらソフィアも情が移って優しくなるかもよ。ほら、母性本能ってあるみたいだし」


「はい……」


 子はかすがい。不安だったら子どもを作ればいいと他の人からも勧められている。だけど、僕はまだ19歳。そこまで思い切ることはできない。


「……もしよければ、図書館のアルバイトの仕事を紹介するよ。あんまり稼げないけど、少しは足しになるんじゃないかな」


 落ち込む僕を心配したのか、レオンは肩に手を置いてなぐさめてくれる。


 しかし僕の心は晴れない。


 いつ捨てられるかわからない。捨てられたら生活できない。


 この世界には他に頼る人もいない。


 僕は、死ぬまでこんな不安な思いを抱き続けなければいけないんだろうか……。


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