第3話 専業主夫はよい仕事
「おかえりなさい」
「おう……」
仕事から帰って来たソフィアを玄関先で出迎え、ローブと剣を受け取る。
「今日は遅かったですね。お疲れさまでした」
「新人冒険者の面倒を見てたんだが、あいつらがトロくて…」
「大変でしたね。お湯を沸かしてありますから先にお風呂にしますか?ご飯を先にしますか?夕飯にトリッパの煮込みを作ってありますよ」
「そうか……」
ソフィアが居間で服を脱ぎ出した。どうやら入浴が先らしい。僕はソフィアが脱ぎ捨てた衣服を一つずつ拾っていく。
ちらっと彼女の顔色をうかがうと口元が緩んでいる。
よかった…。
今日は少し機嫌がよさそうだ。大好物の煮込み料理を用意しておいてよかったな。
僕がこの世界に転移してから1年ちょっと経った。最初は、居候のような、家政夫のような形で家に置いてもらっていたけど、一緒に暮らすうちに距離が縮まり、気づけば夫婦同然になっていた。
もっともこの世界には庶民の結婚制度がないみたいだから、同棲みたいなものだけど。
自然と、ソフィアが冒険者として外でお金を稼ぎ、僕が専業主夫として家事をすることになった。この世界では女の人が外で働き、男が家庭を守るのが普通らしい。
もともと家事は苦手じゃない。母子家庭で育ったから、ひと通りのことはできる。
しかも、やってみると専業主夫が意外と性に合っていた。
現世の時は、男として生まれたからには、いい大学に行って、バリバリ働いて稼ぐのが当たり前と思っていたけど、こうやって家庭を守りながら妻の帰りを待つ落ち着いた生活をするのも悪くない。
◇
「このベーコン、おいしいじゃない?どうしたの?」
「ロマーニャから新しい行商の人が来てたんです。ソフィアたちが冒険者として街道の安全を守ってくれてるおかげですね」
部屋着に着替えたソフィアと向かい合い、彼女が僕が用意した夕飯をおいしそうに頬張る姿を見る時も幸せを感じる。
「でも、ロマーニャから来る人って柄のよくない人もいるんですよ。今日、市場で柄の悪い女の人たちに口笛を吹かれて、からかわれちゃって。言い返そうと思ったんですけど、怖くて言い返せなくて……」
「へえ~、うん……」
考え事でもしているのか、ちょっとうわの空だけど、僕が話す日常の愚痴もちゃんと聞いてくれる。
ソフィアは、毎日決まった時間に帰って来て、家でご飯を食べてくれる。冒険者として少なくないお金を稼いで僕を養ってくれる。
すごく頼りになる姉さん女房。
「……?どうした?」
「いいえ、なんでもないです」
頬杖をつきながらソフィアの食事の様子を見つめていると、ソフィアが怪訝そうな表情をした。
ソフィアは僕よりちょっと、いやおそらくだいぶ年上だけど、いつもこうやって見惚れてしまうくらい美しい。
真っ赤な瞳も、健康的に焼けた肌も、尖った顎も…本当に絵に描いたような美女だ。
「そうだ。ビールもありますよ。飲みますか?」
「いや、今日はいい。この後、仕事で調べものをしたいから」
「ああ、お疲れ様です。じゃあ後でお夜食に甘い物でも用意しますね」
ソフィアは食事もそこそこに、考え込んだ顔をしながら書斎に入っていった。
ソフィアは冒険者。ジョブは魔剣士。魔法でのバフと剣術を組み合わせて戦うスタイル。
努力家の彼女は、毎朝の剣術の稽古と、食事後の魔法の勉強はいつも欠かさない。
たゆまぬ努力を続ける彼女の真摯な姿勢はすごく尊敬できる。
頑張って彼女を支えたいと自然に思わせてくれる。
こうやって愛しくも尊敬できる彼女を支える生活は間違いなく充実している。
急にこの世界に転移してきて不安だったけど、きっと僕は幸せな生活を掴めたんだろうな……。
しかし、僕のそんな幸福な気分は、書斎から響いてきた突然の怒声で遮られた。
「おいっ!!どういうことだ!!」
怒りのこもった迫力のある声に震えあがりながら、慌てて書斎に入りソフィアの顔色を窺う。
頭に血が昇っているのか眉を吊り上げ、顔色が真っ赤になっている。
「魔導書を書き写した大事なメモがなくなってるぞ!!また間違えて古紙回収に出したな!!ほんとにお前は余計なことしかしないな!!」
どうやら僕が大事なメモを勝手に捨ててしまったと勘違いし、怒っているらしい。僕は震える手で奥の戸棚を開けた。
「ここにあります。書類が増えたようなので。ファイルにまとめておいたんです。床とかに放り出しておくと、また失くしてしまうかもしれないので……」
以前にも、僕が大事な本を捨てたとか、勝手に古紙回収に出したと疑われたことがある。実際は濡れ衣なのだが、その時も聞く耳を持ってもらえなかった。
だから失くさないように、書類を整理してファイリングしておいたのだが……。
「……わかった。あったのならそれでいい。もう行っていいよ……」
ソフィアは急にスンッとした表情になると、僕が作ったファイルを乱暴に取り出し、バンッと音立てて机に置いた。
それから僕の方を一瞥もせず、背を向けて、黙って読み込み始めた。
まだ少しドキドキしながら、僕はそっとソフィアの書斎を出る。
ソフィアが思い込みで急に僕を怒鳴りつけることは珍しくない。
いつものことだ。明日にはケロッとしているはずだ。だから気にしない方がいい……。
自分で自分にそう言い聞かせながらも、心の中に黒いもやつきが生まれたのを感じていた。




