第45話 初心に返る
「これ、お探しの本です。返却期限は来週までですから忘れないようにしてくださいね」
「ありがとう。助かったわ。カズキさんが帰って来てくれてうれしいわ~」
いつも図書館を利用してくれるおばあちゃんから優しい言葉を掛けてもらい、少しほっこりした。
軍を予備役になり、エリーゼのプロポーズも断り、何もかも嫌になった僕は、王都の家も引き払ってブラックレイク地方に戻って来た。
そこで、また図書館の臨時職員に応募したら首尾よく採用されて、先週からまたここで働いている。
予備役とはいえ、まだ軍籍があるから住居や買い物で様々な支援を受けることができる。
しかも、僕は十字突撃勲章を受章しているから恩給も支給される。
だから働かなくても、贅沢しなければ十分生活できるけど、じっとしていると嫌なことを思い出しちゃうから、初心に帰ってまた図書館で働くのもいいだろう。そんな気持ちからだった。
「カズキさん、カウンターが混みだしたので応援をお願いしてもいいでしょうか?カズキさん程の方にこのような仕事をお願いして申し訳ないのですが……」
ジェシカに少し遠慮がちに声を掛けられた。そういえばジェシカは前に臨時職員として図書館で働いていた時も教育係だった。
こうやって昔馴染みの懐かしい人に、昔と同じように接してもらえるのはありがたいな。
僕は図書館の貸し出しカウンターに座って利用者の方を待った。だけど誰も僕の所に来ない。
暇な時間帯なのかな?
でも、隣の司書の前には長蛇の列が伸びてる。
やっぱり、まだ僕は利用者の方から信頼を得られてないのかな?さっきから遠巻きにチラチラ見られてる気もするし……。
そんなことを思いながら、ぼんやりとしていると、ようやく僕の前に一人の利用者が立ち、一冊の本が差し出された。
魔導書か……。一応、貸し出し可能だな。
「貸出ですか?貸出カードを見せていただけますか?」
黙って差し出されたカードを見て僕は息を飲んだ。
そして、それからおそるおそる顔を上げると、そこにはよく見知った赤い髪、そして赤い瞳があった。
「お久しぶりです……」
「うん。こっちに戻って来てるって聞いて……」
手が震えてしまった。図書の貸出簿に名前をうまく書けない。
『ソフィア・スカーレット』なんて何度も書いてきたはずなのに。
この世界に転移したその日、僕を助けてくれた彼女。それから2年近く一緒に暮らした彼女。最後には僕を裏切った彼女……。
様々な想いが去来し胸が詰まった。なぜか彼女の顔を見ることもできない。顔を伏せたまま、何とか貸出簿に必要事項の記入を終えて、魔導書を彼女に差し出した。
「貸出期間は来週までになります。それまでに必ずご返却にお越しください」
返却日はソフィアに会わないようにしよう。裏で仕事をさせてもらいたいってジェシカにお願いしようかな。
そうして、なるべく会わないようにしていたら、そのうち慣れてこの感情も消え去るだろう。
顔を伏せたままそう考えていると、まだ彼女は立ち去らず、カウンターの前に立っていた。
「あ、あのさっ!!少し話せないかな?」
思わず顔をあげると、少し赤く染めた頬を引き攣らせながら、赤い瞳を惑わせ焦った様子を見せる、見たこともないようなソフィアがいた。
「あの日、君が家を飛び出した時、すぐに追いかけて、ちゃんと説明して誤解を解こうと思った。だけど怪我でベッドから離れられなくて、ようやく歩けるようになったら、君がもう街を出た後で……」
そうだったのか。あの時は『何で追いかけて来てくれないんだ?僕じゃなくてレオンを選んだのか!?』と思ったけど、確かにあの時のソフィアは身動きが取れなかったわけだし、追いかけて来れないのは当たり前だった。
「君が戻って来たって聞いて、居ても立ってもいられずにここに来たんだ。あの時のこと、説明させて欲しい……」
冒険者としてこの地方では高名なソフィア。今日も図書館に似つかわしくないビキニアーマーみたいなセパレートタイプの革の鎧を着ている。
そんな勇壮な姿の彼女がカウンターの前を独占して、もじもじしている姿が物珍しいのか、周囲の注目を集め始めている。
「……つまり、あの時、僕が寝室での二人を見て、事後と思ったことは勘違いで、本当はレオンとは何のなかったってことですか?」
「いや、あの時のことは言い訳のしようがなくて、事後っていうのも想像のとおりなんだけど……」
おいおい、じゃあ、あなたは何を話しに来たんだい……?
あきれ顔を向けると、ソフィアが急に慌てだした。
「ち、違うんだ。離したいのは、あたしにとってカズキがどれだけ大切だったかってことで……。この2年あまり、ずっとカズキのことを忘れることができなかった。なんで、あんな過ちをしてしまったのか、ずっと後悔していた。新聞とかでカズキのことを読むたびに、ずっと胸が締め付けられた。君があたしのことを許せないという気持ちはわかる。勝手なことを言ってることもわかってる。だけどお願い。話だけでも聞いて欲しい」
ソフィアの大きな声が響いた。図書館でそれは困る。怒られちゃう。そう思って周囲を見回したけど、図書館員たちも遠巻きに僕たちを見つめるだけで、助けてくれる気配がない。ただ周囲の視線が痛い。
「……わかりました。ここで話すのはやめてください。勤務時間が終わるまで待てますか?そこで話を聞きますから……」
追い詰められた僕がそう答えると、ソフィアは顔を一気にほころばせ「うん。待ってるから。いつまでも待ってるから」と大きな声を出しながら、力強くうなずいた。




