第43話 彼女の野望
まだ太陽が見えない払暁。
草原の真ん中にぽつんと二つ置かれたテントの前で、僕は焚き火を挟んで絵里奈と向かい合っていた。
「このあたりって、どんなモンスターが出るの?ゴブリンとか?」
亜人系とかアンデッド系だったら嫌だな…。そんな不安を感じていると、サファリスーツのようなカーキ色の服に身を包んだ絵里奈がはにかんだ。
「まさか!小物だったら一角ウサギとか疾走ドードーとか、大物だったら灰色熊とか、あと滅多に見ないけどグリフィンもいるらしいよ。どれも美味い肉がとれるから、いっぱい狩って帰ろうね!!」
楽しみで仕方ないといった絵里奈のはにかみには違和感を覚える。高校の時は虫も殺せないくらい大人しかったのに……。
この世界に来てからもう5年近い。しかも軍人になったわけだし、変わってしまっても不思議じゃないけど……。
僕がそんなことを思いながらぼんやりと絵里奈を見ていると、絵里奈は細長い袋から鉄パイプのようなものを取り出し、穴を覗き込んだり布で拭いたりと手入れを始めた。
「それ、なに?」
「ああ、これ?ライフル。今日の狩りで使うの。はい。これカズキくんに貸してあげる」
絵里奈に手渡されたライフは、僕が知っているライフルとはだいぶ違っていた。狙いを付けるための照準器のようなものは付いているし、油でキレイに磨かれて黒光りしている。だけど、撃鉄や引き金はないし、一見、ただの鉄パイプにしか見えない。
続いて絵里奈は、椎の実型の弾丸のようなものを渡してきた。
「どうやって使うの?これ?」
「カズキくんもバフが使えるよね。まず弾丸に魔力をこめて、この穴に詰めて、銃みたいに構えて狙いを定めて……うん。そうそうそんな感じ」
僕は照準器を100mくらい離れた岩に合わせて、銃口を向けた。
「それで、どうやって弾丸を発射するの?撃鉄も引き金もないけど」
「そうそう。代わりにこっちの穴から魔力を勢いよく流し込んで弾丸を弾き飛ばして、そしたら……」
ドスッ!!
言われたとおり鉄パイプの穴に当てた穴から魔力を発射すると、低い音と衝撃があり、次の瞬間、狙いに定めた岩が木っ端みじんに砕け散った。
「すご~い!!やっぱりカズキくん、魔力が強いんだね。こんな威力初めて見たよ~」
絵里奈が目を丸くしているけど、驚いたのは僕の方だ。
「これ、元の世界にあったライフルよりも威力あるんじゃない?絵里奈が作ったの?」
「うん。そうだよ。最初は苦労したよ。この世界には火薬がないからさ。それで、代わりに魔力を近距離で放出したらどうかなって思って試したら、うまくいってさ~」
はにかみながら何事もないように言ってるけど、これは、弓矢や肉弾戦が中心のこの世界の戦争を一変させかねない大発明だ。
「オクタゴン要塞を落城させた大砲ももしかして……」
「そう。私が考えて実用化したんだよ。大砲は、もっと大型の筒を使って、数人がかりで魔力を流し込むんだけど、基本構造はほとんど同じだよ~」
絵里奈の表情は変わらない。ずっとニコニコしたままだ。
絵里奈があっさり認めたことに拍子抜けした。これはノワール共和国の軍事機密じゃないだろうか……?
「不思議?私が、ここまで軍事機密を教えたことが?」
僕のけげんな表情を読み取ったのだろうか?絵里奈の方から僕が感じた疑問をぶつけてきた。僕は黙ってうなずく。
「……私はね。ロッソとかノワールとか、この小さな島の中でわずかな領土を争ってることにうんざりなの。それよりも両国で協力して、この兵器を使えば大陸にも侵攻できるんじゃないかな」
「ああ、うん……」
確かに、ロッソ王国とノワール共和国は長く戦争しているけど、いったい何のために争っているのか疑問を感じることはある。
だけど絵里奈は何を話そうとしてるんだろう?絵里奈の話の先が見えない……。
「でもね。ノアールとロッソはだいぶ違うじゃない。だから敵対してると思うの。ロッソは王政・貴族制を取って、しかも女尊男卑だから、力があっても男だからって理由でのし上がれない。ほら。カズキくん、あんなに魔力があって実績を上げてるのに、ずっと少尉のままじゃん。上司のエリーゼさんは、魔力も使えなくて、カズキくんの助けで何とかなってるのに、女で貴族だからって理由だけでもう大佐でしょ?」
返す言葉がない。あまり考えないようにしていたけど、ずっと同じ職場で働いて、ずっと同じ成果、いやむしろエリーゼの僕の功績は、ほとんど僕の貢献のおかげのはずなのに、なぜかエリーゼだけ出世し続けている。
「そういった不公平なロッソの制度を変えて、ノワールみたいに実力主義になれば、手を組むこともできると思うんだけど……」
「そうは言われても、僕は一介の少尉だしね。今ある制度の中で精一杯頑張るしかないよ」
「そうかな?私はカズキくんに期待してるよ。だから、今日、わざわざエリーゼさんを外して狩りに誘って、このライフルを見せたんだよ。それに気づいてないみたいだけど、カズキくんは、既にその流れに乗ってるんだよ」
絵里奈が意味ありげな視線を送ってきた。だけど、僕にはその意味がわからない。ただ、黙ってたじろぐことしかできない。
「まっ、それは時が来たらわかるよ。さっ!太陽が昇ったし、狩りに行こうか!!」
立ち上がりライフルを持って歩き始めた絵里奈は、有無を言わせない様子で、これ以上何も聞けなかった。
この日の狩りの成果は、一角うさぎ3羽、暴走ヘラジカ2頭。そして仕掛けて置いた罠で生け捕りした灰色熊1頭だった。
その中でも、罠にかかった灰色熊の姿を見た時、どこか今の僕と重なって見えて胸が詰まった。




