第42話 狩りの誘い
「モンスター狩り?」
その話が出たのは何度目の帰還者交換の時だったか。
もう数えきれないくらい顔を会わせて、すっかり打ち解けたパオロ大佐、そして絵里奈との会談の場での突然の誘いだった。
「そう。帰還者が到着するまで、もう2,3日かかりそうなので、お待ちいただく間の時間つぶしにいかがでしょう?ノワールでは、今、モンスター狩りがアッパークラスの趣味として大流行してるんですよ」
これまではエリーゼと僕が国境の街に到着した時点で、ロッソ王国への帰還者は全員、すぐに帰国できるよう準備されていた。だけど、今回は、天候不順で帰還者の到着が遅れているらしく、2、3日待機することになった。
じゃあ、暇つぶしにどこかに観光名所はないかと尋ねたら。絵里奈から狩りに誘われたのだ。
「モンスター狩りか……。それはちょっとな……」
隣に座ったエリーゼの表情が曇る。エリーゼは、女なのにバフが使えなくて貧弱。僕が知ってる限りでも、ゴブリンに組み伏せられたり、アンデッドに囲まれて殺されかけたりと、モンスターにいい思い出はない。
「もちろん趣味ですから安全には配慮します。ご自身で狩られることに懸念があるようでしたら、専門の狩り業者を手配しますから、エリーゼ大佐は安全なところから、見ていただくだけでも大丈夫ですよ」
「狩りは遠慮させてもらう」
内心の不安を的確に言い当てた絵里奈の言葉に、エリーゼは、プライドが傷つけられてカチンときたようだ。表情を強張らせて、子どもっぽくプイっと横を向いてしまった。
「エリナ大佐、高貴なお生まれのエリーゼ大佐をそんな野蛮な趣味に誘うのは失礼だろう。エリーゼ大佐、失礼いたしました。代わりに音楽鑑賞はいかがですか?ちょうどノワール共和国で著名なバイオリニスト、パガニーニがこの街に来ているので、コンサートの貴賓席チケットをご用意させますよ」
「パガニーニか!その高名はロッソにも鳴り響いている。一度、聴いてみたかったんだ!!」
わかりやすく、チョロいエリーゼがパッと表情を明るくすると、パオロは満足そうにうなずき、秘書を呼んでチケットの手配を指示した。しかし、秘書が戻ってきて彼にメモを入れると急に眉をひそめた。
「申し訳ない。パガニーニはノワール共和国でも大人気で、チケットは1枚しか手配できないようだ」
「そうか、それなら仕方ない。またとないチャンスだったんだが……」
エリーゼは、今度はわかりやすい落胆を見せた。表情が曇っただけでなく、肩を落とし、背中を丸めて一回り小さくなった。エリーゼが、密かにクラシック音楽に傾倒していることは知ってたけど、そんなに好きだったのか。ふーん。まあお貴族様だしな。
「もしよろしければ、エリーゼ大佐のお一人でコンサートに行かれてはいかがですか?」
またエリーゼの表情の変化を敏感に感じ取った絵里奈が口を挟んだ。パオロも顎鬚を撫でながら同意するようにうなずいている。
「一人でも行きたい……だけど、う~ん。カズキが……」
エリーゼがためらいながら僕の方をチラチラと見てくる。コンサートには行きたいが、僕を一人残すことは……という葛藤の色が浮かんでいる。
「それでしたら、カズキ少尉は、私とモンスター狩りに行くのはいかがですか?近くに狩場があるので、今夜はそこでキャンプして、明日の朝から狩りに行きませんか?」
「あっ、えっ?」
突然、絵里奈から僕の方に話が振られて戸惑った。
キャンプってあんまり好きじゃないんだよな~。どうしようかな……と横目でエリーゼの方を見ると、彼女は物凄い顔をして僕の方を睨んでいる。
なるほど、これは断っちゃだめなやつなんだな。ここまでお膳立てしてもらっているのに、断るのは外交上失礼にあたる。
「ありがとうございます。ぜひご招待をお受けさせていただきます」
僕が恭しく頭を下げ、絵里奈と一緒に狩りに行くことが決まった。
◇
「……本当に、あの女と泊りがけで狩りに行くの?」
会談を終え、ホテルの部屋でキャンプの準備をしていると、不機嫌そうな顔をしたエリーゼが入って来た。
「本当にも何も……あそこまでしてもらって今さら断ると、外交問題になっちゃいますよ」
「それはわかってるけど……」
言葉とは裏腹に、エリーゼは不満そうに唇を尖らせながら僕の部屋の中を子熊みたいにうろうろと歩いている。
準備の邪魔だな。だけど上官だし追い出すわけにもいかない。放置してたら、彼女は僕の前に立ち腰に手をあてた。
「あのさ、あの時、オクタゴン要塞を奪還して、司令長官公邸で倒れてるカズキを見つけた時に、わたしが言った言葉を覚えてる?」
あの時?あれか?絵里奈に殴り倒された後、エリーゼに膝枕をされてる時に言われたこと?
あの時はたしか……、エリーゼが僕を守るって言ってたな。
守るって何だろ?一応は敵国だし、前にエリーゼの部下とギルドにやられたみたいに、モンスター狩りにかこつけて罠に嵌められることを心配してるってこと?
……いや、それだったらエリーゼがいても別に役に立たないだろ。バフも使えないんだし。むしろエリーゼが守られる立場じゃん。
「ええ、覚えてます。ちゃんとわかってますから。だから、僕のことは心配しないで大丈夫ですよ。エリーゼ大佐は安心してコンサートに行ってください」
心の中では色々あったけど、表向きは微笑みながらなるべく穏やかに伝えると、エリーゼは足を止めて、僕を見つめてきた。頬が紅潮して、やがて耳まで真っ赤になった。
「わかった…‥。うん、覚えているならいいんだ。色々調整に時間がかかって、待たせてごめん。だけど、もうすぐだから。もう少し信じて待ってて欲しい」
真っ赤になったエリーゼは早口にそれだけ言うと、部屋を出て行った。
なんなんだ?
わけわからん。最近のエリーゼ、やたらと情緒が不安定なんだよな~。




