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第39話 絵里奈の涙(1)

「じゃあ、再会を祝して、サルーテ~」


「か、かんぱ~い……」


 絵里奈と二人、高級そうなレストランの個室。赤いドレスに着替えた絵里奈は、いかにも慣れた様子でシャンパングラスを軽く持ち上げ、自然に微笑んだ。対して僕の所作はぎこちなく、顔も引き攣っていたと思う。


「ここは上級士官用の軍設備なんだけど、私たちがいた田舎のレストランよりもずっといい雰囲気でしょ?ずっと、カズキくんとこうやって向かい合ってお話したかったんだ~」


 絵里奈が優し気に微笑みかけてきた。


 不意に、かつて絵里奈からオクタゴン要塞でみぞおちに喰らった強烈なパンチの痛みを思い出した。もうお腹の傷はすっかり癒えたけど、思わず手でお腹を押さえる。


「まだ痛む?ごめんね。殴っちゃって……」


「ああ、いや、もう痛くないし大丈夫。それに戦場だったんだから仕方ないよ。それよりも、あの時、僕とずっとやり合いたかったって言ってたじゃん。あれって殴り合いたかったって意味?そっちのが驚いたよ」


 僕の言葉に絵里奈は頬を赤らめて目を伏せた。


「あれは……本当はカズキくんと対等な立場で話したかったって言いたかったの」


「えっ?そうなの?学校ではずっと対等に話してたつもりだったけど……」


 しかし僕の言葉に絵里奈は首を横に振った。


「ううん、学校にいた頃のカズキくんは、私よりもずっと頭がよくて、人望もリーダーシップもあって、ずっと尊敬してて、憧れの存在だった。いつも気後れしちゃって同じ目線でなんか話せなかった……」


 目を伏せたまま少しはにかむ絵里奈の姿は、何とも言えず愛らしい。そう言えば、この控えめな笑顔が好きだったな。


「それで、少しでも追い付いて隣を歩きたいと思って、カズキくんの志望校の推薦をもらったんだけど……約束果たせなくてごめん」


 一気に気持ちが沈んだ。父の母校へ進学するという僕の小さなころからの夢は、絵里奈に指定校推薦枠を奪われるという形で打ち砕かれたのだ。


 もう4年近く前になるけど、そのことを思い出すと今も胸がチクリと痛む。でもここは精一杯の強がりを見せる場面だろう。


「仕方ないよ……指定校推薦のことはもう気にしてない。あの事故で転移した日もそれを伝えようとしてくれてたんだよね。あの時、僕がちゃんと話を聞いていれば事故に遭うことも……」


「ううん、違うの。推薦のことは少し後ろめたかったけど、担任の先生から、カズキくんだったら一般入試でも絶対に大丈夫だからって言われてたし……それよりも、私がその大学に行けなくなったことを謝りたくて」


 驚きのあまり言葉が出なかった。絶句して絵里奈の顔を、ただただ見つめるしかできない。


「お母さんと相談して、お父さんに内緒で推薦の申し込みをしたんだけど、合格した後も、お父さんは、『女の子が一人で東京出るのなんかダメだ』、『女の子なんだから地元の大学で十分だ』の一点張りで。お母さんと一緒に頑張って説得したけど、最後には東京に行くなら学費も生活費も出さないって言われちゃって、泣く泣くあきらめて……ごめん。推薦枠を奪った挙句、それを無駄にしちゃって……」


 絵里奈の瞳からひとしずく、ふたしずくと涙がこぼれた。


 あまりのことに僕も何も言えない。てっきり絵里奈は、女子であるからという理由だけで推薦枠を得て、何の苦労もなく僕の志望校へ進学するものだと思っていた。


 だけど、彼女は、彼女でそんな大きな壁にぶつかって将来を阻まれていたのか……。


 胸の内に様々な思いが去来した。それをどう言葉で表現したらいいかわからない。だけど、少なくとも、絵里奈に対する過去の恩讐が完全に消え去ったことは確信していた。


 絵里奈に何か言葉を掛けたかったけど、何の言葉も出せなかった。ただ僕はポケットから白いハンカチを取り出して、絵里奈に差し出すことしかできなかった。


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