第38話 再度の再会
僕とエリーゼは、ノワール共和国にある国境付近の街アレクサンドリアにある迎賓館で長机の端に並んで座っていた。未帰還者の帰還者交渉のためである。
「大丈夫ですかね。結局3人しか連れて来られなかったですし」
「わからん。ここまで来てしまったんだし、もうなるようにしかならん」
両国の事前合意で、各国未帰還者の男を50人ずつ帰還させることになっている。しかし、ロッソ王国にいる未帰還者100人以上に声を掛けたが、全員に断られてしまった。
その後も何度も説得し、なんとか帰還を了解してもらえた人数はわずか3名。50人にはほど遠い。
もうまな板の上の鯉。なるようになれ。神妙な顔で待っていると会議室の扉がノックされ、鼻の下にひげを生やした軍服の中年男性が一人、そしてもう一人、軍服を着た女性、彼女は……絵里奈だ!!
「お待たせしました。交渉を担当させていただく、私がパオロ大佐、そしてこちらがエリナ中佐です。遠方からわざわざお越しいただきありがとうございます。お会いできて光栄です」
「ご挨拶の言葉、痛み入ります。わたしはエリーゼ中佐、こちらはカズキ少尉です。こちらこそお会いできて光栄です」
パオロと握手しながらちらりと絵里奈の方を見ると、僕の方にニッコリと笑いかけて来た。その表情には何の屈託も感じられない。
オクタゴン要塞で、さんざん彼女に殴られたことは、もしかしたら夢だったのかもしれない。そう錯覚するような笑顔だった。
「さっそくですが、帰還の話をさせていただきましょうか。本日は未帰還者50名ご同行いただける話になっていましたよね。控室を覗いたところ、まだ数名しかいらっしゃらないようですが、遅れて来られる予定なのですか?」
「いや……」
「こちらは約束通り50名用意いたしました。いつでもお引渡しできます。我々は、いつ50名の同朋にお会いできるのですかな?」
パオロ大佐は慇懃な口調で口角も上がっているが、目は笑っていない。隣の絵里奈も微笑んでいるが、どことなく視線が厳しい気がする。
これはもう気づいている。
「すみません。実はこちらは3名しか用意できませんでした」
「おぉ?なんとおっしゃいました?」
エリーゼの言葉にパオロ大佐は、あきれたような顔をして大げさに手を広げて天を仰いだ。その態度に胃がキュッと締め付けられる。
「こちらも未帰還者を100名以上探し出して、個別に意向を確認したのですが帰還を希望される方が3名しかおらず……」
「なるほど……、つまりエリーゼ少佐は、わが同朋のほとんどが、我が国へ帰りたくないと言っているということですか。貴国はよほど住みやすい場所のようですな…」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
パオロ大佐がぐいっと身を乗り出した。その鋭い視線にエリーゼはたじたじとなった。
「50名ずつ交換することは貴国との合意事項だったはずです。その約束を果たされない以上、こちらも貴国民を帰還させることはできません」
「そんな……そこを何とか。今日は未帰還者を3名連れてきました。次はもっとたくさんの方を連れて来られるよう努力します。なので、せめて何名かだけでも帰国させていただけないでしょうか?」
しかしパオロ大佐は厳しい顔のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「貴国が合意事項を守られない以上、こちらも合意を履行することはできません。今回は1名たりとも帰還はさせられません。いえ、最初の1回から約束を守られないのですから、これから先、貴国のことを信用することも難しいでしょう。帰還事業も打ち切りでしょうな」
パオロ大佐は腕組みをし、のけぞりながら、ぷいっと顔を背けた。
取り付く島もない様子だ。
横目で見るとエリーゼの顔面は蒼白になり、完全に焦燥している。今回、未帰還者の交換に失敗するだけじゃなく、このまま帰還事業が打ち切りになってしまったら、エリーゼにとって大きな失点だ。上層部から責任を問われてしまう。
いや、そんなことよりも、今もノワール共和国に残る何千人もいる未帰還者の帰国が遅れてしまう。ようやく帰国できると期待を持たされて、それが目前で泡と消える無念はいかばかりだろう……。
「これ以上の交渉は無駄ですね。ここで打ち切らせていただく」
「そんな……。せめてもう少し交渉を続けさせていただけないでしょうか?」
席を立ったパオロ大佐に、エリーゼはすがりつくような表情で食い下がった。
しかしパオロ大佐は表情を消して、冷たくエリーゼを見下ろす。
「これ以上は話しても無駄でしょう。ここでお別れですな」
「お、お待ちください、もう一度お話をする機会を……」
なおも食い下がるエリーゼを一瞥もせず、パオロ大佐が部屋から立ち去ろうとドアノブに手をかけた時だった。
「パオロ大佐。今夜は懇親パーティーの予定でしたが、そちらはどうされますか?」
ずっと黙って微笑んでいた絵里奈が突然口を開いた。
「それは、もちろんキャンセルに決まってるだろう。今さら懇親でもないだろうし」
少し戸惑ったような顔をして振り返ったパオロ大佐に、絵里奈は、とびきりの明るい笑顔を向けた。
「それでしたら、こちらのカズキ少尉をお食事にお誘いしてもよろしいですか?カズキ少尉と私は同じ学校で机を並べて学んでいた古い友人でして、旧交を温めさせていただきたいと思います」
絵里奈の言葉に、パオロ大佐は「プライベートのことだ。好きにすればいい」と一言だけ言って部屋を出て行った。
「じゃあ、カズキくん。後で場所を知らせるからよろしくね!!」
そう言い残して絵里奈も出て行き、部屋に僕とエリーゼだけが残された。




