第37話 人事部特命担当
「ただいま戻りました~」
「おう、お疲れさま……って、びしょ濡れじゃない!?風邪ひくよ。早く着替えて来なよ!」
雨の中、ずっと天を仰ぎ続けるアレックスの横に佇んで、彼の気が済むまで付き合っていた僕は下着までびしょ濡れになっていた。
今度の僕の職場は、ロッソ王国陸軍省軍政局人事部特命担当。
国境付近の要塞勤務から、この軍の中でも随一のエリート部署へ異動したことには、色々と理由と経緯がある。
1年前のオクタゴン要塞の『奇跡の奪還』の戦場、そこで偶然再会した高校の同級生、絵里奈の強烈なパンチにより、内臓の一部を損傷する重傷を負った僕は1か月以上も入院する羽目になった。
その間、呑気に病院のベッドで食っちゃ寝していた僕のあずかり知らぬところで、なぜか僕は戦場の英雄に祀り上げられていた。
誰が言い出したのか知らないけど、僕が勇敢にも、敵がひしめく要塞に一人で乗り込み、捕虜を解放し民間人を糾合して内部で反乱を起こし、それに手を焼いたノワール共和国軍が自ら要塞を捨てて撤退した……という盛りに盛られた英雄譚が作られ、マスコミを通じて巷間に広まっていた。
絵里奈の話によれば、ノワール共和国軍は元から短期で撤退する計画で、計画通り勝手に要塞から出て行っただけらしいし、僕も絵里奈に殴り倒されて失神してたから、ほとんど役に立ってなかった。
だけど、退院してすぐに軍功抜群者に与えられる十字突撃勲章を授与され、しかもそれが全国的に報道された。
『男一人で勇ましく~、乗り込む先は大要塞~』みたいな僕を讃える軍歌も作られて、少女少年合唱団が歌ってくれたりした。
まだ見たことないけど、オクタゴン要塞の中心部には、僕の銅像も建てられてしまったらしい。
こうなると、今さら「違います。僕は敵に殴られてのびてただけで、何もしてませ~ん。すみませ~ん」なんて言いだせるわけがない。
訂正の機会もなく、なすがままを受け入れているうちに、いつの間にか、現場の要塞勤務から陸軍随一のエリート部署である陸軍省軍政局人事部へ栄転していた……というわけだ。
「お待たせしました。報告させてください」
濡れた体を拭いて服を着替えた僕は、人事部の隅のパーテーションで区切られた一角にある上司の席の前へ戻った。
ちなみに上司は変わらずエリーゼ。彼女も『奇跡の奪還』において、要塞から撤退中のノワール共和国軍を撃破した軍功が褒賞され、中佐に昇級し、栄転した。
今や陸軍省軍政局人事部の特命担当部長である。
僕の役職は、彼女の秘書官。ちなみに他に部員がいない二人だけの特命部署だ。
「彼の様子どうだった?ノワール共和国へ帰還してくれるって?」
「それが、すみません……。帰還するのはお断りするそうです」
「やっぱりそうか……」
エリーゼと僕は目を見合わせてうなずく。
僕たちの仕事は、戦争で拉致されたノワール共和国民の男達を探し出し故郷へ帰還させることだ。
ノワール共和国との戦争はこれまでに10年以上続き、オクタゴンなど国境近くの都市を奪い合う状況が続いていた。しかもロッソ王国、ノワール共和国ともに、敵の都市を占拠すると、すぐに敵国市民、特に民間人である男を拉致して本国領の奥深くへと移送していた。下手にその都市に残しておくと、ゲリラやスパイになるおそれがあるからだ。
そのせいで、両国には敵国に囚われた未帰還者と呼ばれる男たちが千人単位で存在する。
「これで、リストアップした100人全員から断られてしまいました。どうして彼らは故郷へ帰りたくないんでしょうか……?」
「わからん。ただ理由はどうあれ、来月の第一回未帰還者交換までに何とか頭数を揃えなくちゃ……。困ったな~」
既にノワール共和国との間では、お互い拉致した未帰還者のうち、非戦闘員である男たちをそれぞれ同数ずつ交換して帰国させる合意ができている。
記念すべき最初の未帰還者の交換は、来月末に予定されていて、お互いに50人ずつ帰還させることも合意済みだ。
最初、僕たちは楽観視していた。未帰還のノワール共和国人が何千人といるのだ。50人くらい軽い軽い、と……。
しかし蓋を開けてみたら、最初にリストアップした100人の未帰還者からは、ことごとくノワール共和国への帰還を断られてしまった。しかも理由がまったくわからない。
「困りましたね」
「困った……」
エリーゼは頭を抱えている。
おそらくノワール共和国の代表は、僕たちから未帰還者が帰りたくないと言っていると伝えられても、とても信じてくれないだろう。僕たちが適当なことを言って未帰還者の返還を妨害していると疑うのではないか。
そうすると、報復でノワール共和国にいるロッソ王国の未帰還者も帰してもらえないに違いない……。
「引き続き説得してみます」
「よろしく頼む。だけど、50人も集められるだろうか……」
うなだれるエリーゼを横目に見ながら、僕はリストを見て説得できそうな人を改めてリストアップした。
でも、いったいどうして帰りたくないんだろう?せめて理由だけでもわかれば…。




