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第35話 こんな人だったっけ?

「こっちに来てから、バフのおかげで、私みたいなか弱い女の子でも、こんなにパワーが出せるようになっちゃった。もう一発耐えられる?次は手加減しないよ~」


「……」


 僕が黙ったままにらみつけると、絵里奈はまた笑顔を消し、無表情で拳を繰り出してきた。今度は顔面だ。このままだったらやられる。


「あれっ?」


 僕がバフを発動させ絵里奈の右拳を左手で受け止めると絵里奈が驚いた表情をした。僕もやるしかないと右拳を振り上げる。


「きゃっ!!」


 絵里奈が怯えた表情を見せて目を閉じた。それを見て無意識に力が緩み、振り上げた右拳が自然に開かれ、気づけば平手で絵里奈の右頬を軽く撫でただけだった。


「どりゃ~っ!!」


 次の瞬間、絵里奈が繰り出した右拳が僕の顔面をクリーンヒットし、僕は床に膝をついた。


「あ~驚いた。カズキくんもバフが使えるんだ。男の子なのに珍しいね~。だけど、やっぱり女の子の顔を殴るのはためらっちゃう?まだ前の世界の考え方を引きずってるの?」


 絵里奈はニヤニヤ笑いながら近づいてくると踵で僕の左肩を踏みつけた。


「やっぱりこの世界はいいよね~。日本では、か弱くて守られる女子って立場を求められてたのに、ここでは力さえあれば男の子と対等に戦うことができるし。実は、ずっと前から、こんな感じでカズキくんと対等にやり合いたかったんだ~」


 絵里奈は楽しくて仕方がないといった様子で微笑んでいる。僕が知ってる絵里奈じゃない。高校の時の絵里奈は大人しくて清楚で、やり合いたいなんて口が裂けても言うはずがなかった。


「あれっ?不満?カズキくんも、わたしがか弱くて守られたがってるって思ってた?パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃんも、みんな子どもの頃からずっとそう言ってた。女の子なんだからおしとやかにしなさいって。せっかく東京の大学に行こうとしても、女が勉強しても無駄だから地元の大学に行きなさいって!!なんでみんなわたしのことを決めつけるの?わたしは別に守ってなんか欲しくない!!」


 絵里奈は何か嫌なことでも思い出したのか、勝手に興奮し始めた。しかも自分の言葉で怒りが増幅したようで、どんどん頭に血が昇っているようだ。


 その時、部屋の外から声が掛かった。


「エリナ少佐!お急ぎください!何者かが捕虜収容所を襲っています。撤退を早めませんと……」


「わかった!すぐ行くから待機せよ」


 絵里奈は一瞬で興奮を鎮め、指揮官らしい冷静な表情になり、僕に向き合った。


「今、聞いた通りよ。わたしたちはこの要塞から撤退する。もともとこんな少人数でこの要塞を守り切れるなんて思ってなかったから、短期での撤退は予定通りの作戦行動よ。だから、わたしたちが安全に撤退できるように、要塞の外の部隊がどこにいるか教えてくれない?無駄な戦闘を避けられるなら、ロッソ軍にとってもいい話でしょ?」


 確かに……そうかもしれない。

 もうすぐ夕方。エリーゼ達が要塞に突入してくる。そこに絵里奈たちの軍が鉢合わせて衝突したら、戦闘で二人とも死んでしまうかもしれない……。


「さあ時間はないわよ。急いで!教えてくれたらカズキくんも見逃してあげるよ」


 僕は無言のまま、震える指でそっと西の方を指さした。


「ありがとう!じゃあね。どりゃ~!!」


 絵里奈は笑顔でお礼を言いながら、僕のみぞおちに拳を打ち込んだ。


 既に魔力が切れていてバフで防御する余裕はなかった。僕は膝から崩れ落ちながら意識が遠のくのを感じた。


「よしっ!!砲兵特別大隊、総員、東門から撤退するぞ」


「ひ、東門ですか?ノワール共和国と反対側になりますが……。しかも他の部隊は次々と西門から撤退しております」


「捕虜からの情報だ。西側には敵部隊が潜んでいる。東門から迂回して帰還するぞ。急げ。砲を一門も残すなよ」


 部屋の外から聞こえるやり取りを聞きながら、僕は完全に意識を失った。



「おいっ、カズキ!!大丈夫か。目を空けてくれ。衛生兵、すぐに来てくれ!!」


 僕を呼ぶ必死の声と頬をぺたぺたと触る感触に目を開く、目の前に涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら僕を見下ろすエリーゼの顔があった。


「あっ、あれ?どうしてここに?」


「よかった。生きてた。よかったよ~」


 どうやらエリーゼに膝枕されているようだ。エリーゼはそのまま僕の頭を抱きしめた。少し息が苦しい。


「すみません。敵兵に尋問を受けてずっと失神してました。どうなりました?」


「要塞から煙が見えたから友軍と一緒に全軍で突撃したんだ。すぐに助けに入ろうと思ったんだけど、途中、要塞から出てきたノワール共和国軍と会敵したから時間がかかって。ごめん……」


「ありがとうございます。エリーゼ少佐に助けられるのは二度目ですね……」


 僕が笑いかけると、エリーゼは首を横に振った。エリーゼの涙が僕の頬に落ちる。


「ごめん。いつもカズキを危険な目に合わせて。女のわたしが男のカズキを守らなきゃいけないのに……。カズキに誓うよ。これからは、わたしが君を守る。これから二度と危険な目に遭わせない!」


「ハハッ……そうですね、そうしてもらえると助かります…」


 モンスターや敵兵との戦闘とか、そんな危険な真似はもうたくさんだ……。そう思いながら、疲れ果てた僕はエリーゼの膝でゆっくり目を閉じた。


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