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第31話 要塞時代の終わり

 夜半過ぎ、異様な気配を感じてテントから這い出ると、まだ深夜のはずなのに東の空が真っ赤になっていた。

 しかも、さっきからズーンと腹に響くような低い轟音が間断なく響いている。


「あれはオクタゴン要塞の方だな。今回の演習が夜襲だなんて聞いてないぞ?」


「予定では、夜明けとともに演習開始のはずですが……どこかのおっちょこちょいが先走って始めちゃったんでしょうか?」


「まさか…それにこの轟音も何だ?こんな音聞いたことないぞ…」


 既にエリーゼと三人の中隊長が集まって話し込んでいたので、慌ててそこに加わる。


「いずれにしても状況がわからん。斥候を出そう。ソニア伍長を呼べ」


 エリーゼ達は、ソニア伍長を斥候に出し、その帰りをじりじりしながら待った。やがて東の空が白み始め、いつの間にか間断なく響いていた轟音も消えていた。


「た、大変ですっっ!!おっ、まさか、信じられないことが、要塞が……」


 息を切らしながら戻って来たソニアは明らかに動転していた。水を飲ませてようやく落ち着いたソニアの報告は驚くべきものだった。


「オクタゴン要塞が落城したというのかっ!!いったい誰が?」


 立ち上がったエリーゼの顔面が蒼白になっている。


「わかりません。ただ、堡塁も西門も破壊されていました。間違いなく演習ではありません。攻めて来るとすればただ一つ……。」


「ノワール共和国軍か……そんなはずがない!!見間違いじゃないのか?」


 デボラも立ち上がり蒼くなっている。ビアンカもフローラも同じように狐につままれたような表情だ。僕も含めて、とても現実のこととは思えない。


「いったいどうやって……」


「いや、そんなことよりも問題は我々がどうするかです。要塞が陥落したということは、我が隊は既にノワール共和国軍の勢力圏下にあるということです。しかもロッソ王国へ撤退するにも要塞を通らなければ……」


 僕たちが野営している場所は、要塞から西にあるノワール共和国への国境に向かった先の森の中にある。


 要塞がノワール共和国の手に落ちたということは、国境側から進軍するノワール共和軍と、要塞にいる敵の挟み撃ちに遭うということだ。


 しかも、敵勢力下から抜け出して、ロッソ王国の陣地まで後退するためには要塞を突破しなければならない。つまり、第二特別大隊は退路もなく、敵地の真ん中で袋の鼠になっている。


「いったいどうしたら…」


 エリーゼが爪を噛み、中隊長たちもうなだれる。あまりの現実に思考停止をしてしまっているようだ。だったら、ここは僕がしっかりするしかない。


「要塞を奪還するしかありません!!」


「簡単に言ってくれるじゃないか。あの難攻不落のオクタゴン要塞だぞ。奪還なぞできるものか」


「このままでは僕たちに逃げ場はありません。それとも降伏でもするつもりですか?」


 僕の言葉にエリーゼはやっと顔をあげた。僕の方をキッとにらんでいる。


「降伏なんかできるか!!」


「そうですよ!!ここは潔く戦って散りましょう!!」


 エリーゼと中隊長たちの顔色が変わった。


『生きて虜囚の辱めを受けず』


 ロッソ王国の軍人に染みついている鉄則である。降伏という選択肢がないことはわかっていた。かといって森の中で敵軍の挟み撃ちに遭ったら勝機はない。


 だったら、まだ奪われたばかりの要塞を奪還するしかない。そう肚を括るしかない。


 みんながそれを認識したことを機に軍議が始まった。


「まず、この森で駐屯している他の部隊と連絡を取りましょう。集まれば1万にはなるはずです」


「なるほど。それだけいれば一勝負できるか……。ただ要塞の中に敵がどれだけいるかわからない……」


「それに要塞の中の味方も心配です。司令長官や民間

人が捕虜になってないでしょうか?」


 そう言われると僕も心配になってきた。カイロスたちも要塞内に残っていたはずだ。民間人たちが戦闘に巻き込まれないようにしないといけない。


 僕は静かに手を上げた。


「……どうした?」


「僕が要塞内に斥候に入ります。敵情を探って、内部から攪乱し、捕虜を救い出して戦闘になったら避難させ……」


「だめだ、だめだだめだっ!!」


 僕が言い終わらないうちに、エリーゼが激しく首を振って遮った。


「男のお前が、野獣の群れに飛び込むことになるんだぞ。どんな凌辱をされるかわからんぞ!!」


 戦場で捕虜になった男がどんな扱いをされるのか…。かつてオクタゴン村にノワール共和国軍が侵略した時、村にいた男たちが捕らえて本国へ連れ去られたことがあった。今でも誰一人帰って来ていないから噂でしか聞いたことはないが、廃人になるまでさんざん慰みものにされたとか……。


「このままだったら戦死するしかありません。だったら、少しでも勝つ確率を高くするために覚悟はできています。やらせてください!!お願いします!!」


 幹部たちが息を飲む中、僕は真っ直ぐにエリーゼを見つめる。エリーゼも引かないが、僕も一歩も引けない。そのまま睨み合っていると、エリーゼがついに小さくうなずき、了解してくれた。


 こうして僕は、斥候としてオクタゴン要塞に潜入することになった。


 任務は要塞内部を撹乱し、捕虜や民間人の避難ができたら狼煙を上げること。もし僕が2日後の夕方までに合図しなかった場合には、僕が死んだものとしてエリーゼ達が突撃することも決まった。


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