第30話 軍事演習
僕がオクタゴン要塞に赴任して半年が経った。
あの腕相撲大会の後もカイロスのアドバイスに従って、士官食堂で一緒に食事したり、プレイルームでゲームをしたりしているうちに、徐々に第二特別大隊の隊員から仲間として認められるようになった。
相変わらず要塞内の男子と親しく接する機会はなかったけど、カイロスを通じて、別に嫌われているわけではなかったこともわかり、気持ちは楽になった。
こうして新しい職場に慣れ始めた頃、オクタゴン要塞で半年に一度行われる大イベントの時期がやってきた。要塞の全軍が参加する軍事演習である。
「しかし……エリーゼ隊長もくじ運が悪いですね。二期連続で攻め手を引いてしまうとは」
「おいおい、わたしを責めるなよ。代理でカズキがくじを引きに行ったんだぞ。責めるならカズキを責めろよ~」
フローラ大尉とエリーゼの応酬に大隊の幹部達が一斉に爆笑した。
オクタゴン要塞の軍事演習は、全軍を、要塞を攻める『攻め手』、要塞を守る『守り手』の二手に分け、攻め手がノワール共和国軍を擬して要塞に攻めかかり、守り手が要塞を防衛するという形で行われる。
攻め手と守り手はくじで分けられるのだが、攻め手の方が圧倒的に不人気の貧乏くじ。だから、くじで攻め手を引いてしまった僕がこうして責められているわけだ。
「攻め手は野営しなきゃいかんのがしんどいよな~。カズキのせいで」
「それよりも攻めかかる時に、堡塁から石とか矢とかが飛んでくるのがな~。あれが地味に痛いんだよな~。カズキのせいで」
デボラ大尉とビアンカ大尉が僕に聞こえるような大きな声でぼやいている。ただ、ニヤニヤと笑いかけてきているので責めているというよりも、愛情を込めていじってきているのだろう。
「まあまあ、そう言うな。しかし、攻め手は不利だよな。あの難攻不落の星型要塞を陥落させるなんて絶対に不可能だからな~」
エリーゼもぼやく。しかしその内容はもっともだ。
オクタゴン要塞は星形要塞と呼ばれるタイプの要塞である。上から見ると六角形の星形に突出した城壁が築かれ、その城壁の上に堡塁が設けられている。
突出した城壁によりどこにも死角がなく、門や壁に向かって突撃してきた敵は、堡塁からの鉄玉の投擲や矢の十字砲火により殲滅させられる。
また、城壁は高く、攻め手から矢や鉄玉を放っても、堡塁まで届くことはない。
つまり、要塞の構造上、攻め手が一方的に攻撃されることは必至で、毎回、攻め手が成す術もなくコテンパンに痛めつけられるだけで終わってしまう。
「でも、本当に攻め手が不利なんですかね?気づいてないだけで星形要塞にも弱点があるんじゃないですか?」
僕がぽつりと漏らすと、第二特別大隊の幹部たちが一斉に黙り、驚いたような顔で僕を見つめている。
「ほう、言うじゃないか。いったいどんな弱点があるんだ?」
エリーゼが意地悪そうな顔をしている。周りの幹部も同じだ。
失敗した。オクタゴン要塞はロッソ王国の重要軍事拠点。そこが難攻不落であることがロッソ王国の軍事戦略の大前提となっている。弱点があるなんて言ったら、上層部批判ととられかねない。
僕はうつむいて口をつぐむことにした。
「遠慮するな。ここは野営地で軍議の場。無礼講だ。思っていることがあれば言ってみろ」
「……はい」
エリーゼに促され、僕は星形要塞について考えていたことを説明した。
実は、僕が日本にいた頃に星形要塞を見たことがある。修学旅行で訪れた函館の五稜郭だ。
ただ、その時のガイドさんの話によると星形要塞が戦術上有効だったのは小銃が戦争の主役だった19世紀ころまでらしい。
射程距離の長い大砲が戦場の主兵器になると遠距離から堡塁を直接攻撃したり、城壁を飛び越して内部施設を直接砲撃して破壊し尽くす方法により、星形要塞はあっさり攻略されてしまった。だから同じように射程距離の長い兵器があれば、オクタゴン要塞も簡単に陥落してしまうんじゃないだろうか。
僕は第二特別大隊の隊員の前でそう説明した。
「ふ~ん…。それで、その射程の長い兵器はどこにあるんだ?思いっきり鉄球を投げても、堡塁には全然届かないぞ」
エリーゼの疑問ももっともだ。この世界には大砲などない。それ以前に火薬がない。
いや、火薬の原料となる硝石とかは探せばどこかにあるかもしれないが、そこから火薬を発明したり、銃や大砲を作ろうという発想に至っていない。
戦闘は魔力を込めた鉄球を投げ合うか、せいぜい弓矢で行われる。
きっと、この世界の女性達は、大概のことは、バフで身体強化をしてパワーで解決してしまうから、科学技術を進歩させるニーズがないのだろう。
脳筋の集まりここに極めり。
「どうした?ただの夢見る男の空想話だったか?」
エリーゼが鼻で笑いながら煽ってくる。ちょっとカチンときた。馬鹿にされたことが悔しくて、気づけばもう一つ考えていたアイデアを口にしていた。
「あの、魔力で遠距離から狙撃することはできないでしょうか?」
僕がそう口に出した瞬間、幹部たちが一斉に爆笑した。いや、ただ一人、魔力を使えない。エリーゼはうつむいているけど……。
「どうしてですか?やってみればできるかもしれないじゃないですか」
「ハハッ…いや、いいアイデアだと思いますよ。私も検討したことがあります」
ビアンカ大尉が笑いながら立ち上がった。彼女は脳筋・肉体派が多い軍の中では、学究肌で通っている珍しい存在だ。
「カズキ殿、この岩に魔力をぶつけて下さい。そう。拳一つくらい離して…」
ビアンカは子どもがしゃがんだくらいの大きさの岩を指さした。僕はビアンカに言われるままに、岩の至近距離から魔力を放出する。次の瞬間、放出された魔力で、その岩は一気に砕け散った。
「ほう、さすがはカズキ殿。すごい魔力ですね。じゃあ次はこの岩に、10歩くらい下がってから魔力をぶつけてもらえますか?」
言われたとおり10歩下がり、同じような大きさの岩に魔力をぶつける。今度は表面の一部が少し削れただけだった。
「じゃあ、今度は20歩下がってやってみてください」
今度は表面が少し焦げただけ。岩には傷一つつかなかった。
「わかりましたか?魔力を放出しても、空気抵抗で距離が長くなるほどエネルギーが拡散してしまうんです。それを避けるためには、こうするしかないんです」
ビアンカ大尉は、石を拾うと僕の隣に立ち、岩に向かって全力で投げつけた。
その岩は轟音を立てて砕け散る。
「結局、拡散しないように石とか鉄球に魔力を込めて投げつけるのが一番効率的なんです。魔法で光の矢とか炎を使って攻撃するなんて、男や子どもが読むおとぎ話かライトノベルの世界の話ですよ。ハハッ!!」
ビアンカ大尉の言葉に、幹部たちはまた豪快な笑い声をあげ、エリーゼはほっとしたような顔をした。僕は悔しいけれど黙って唇を噛むことしかできない。
「さあ、じゃあ雑談はこれくらいにしよう。明日は明け方から演習だ。各自、仮眠をとっておけ!!」
エリーゼの一言で散会になり、それぞれ野営地に設営したテントで仮眠することになった。
ただ、僕はテントに入った後もほとんど眠れなかった。さっきの議論で負けて悔しかったからではない。
仮眠に入ってしばらくして、突然、轟音が鳴り響いたからだ。




