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第29話 黒幕

 プレイルームでの第二特別大隊の懇親会は大成功に終わり、他の隊員たちとの距離もぐっと縮まった気がする。


 成功の満足感に浸りながら自室に戻ると、腹ペコだったことに気づいた。


「全然食べられなかったからな~」


 懇親会の準備に、余興の腕相撲大会、それから調子に乗って飲みまくるエリーゼへの悪酔い防止のバフ掛けと、やらなければいけないことが目白押しのてんてこ舞いで、まったく食事に手を付けられなかった。


「士官用売店は遠いし、男性用売店は使えないし…。仕方ない。明日の朝まで我慢するしかないか」


 空腹を抱えてベッドに入ろうとした瞬間だった。ドアの外で、かさっ…と紙の音がした。


 バンッ!!


 ベッドから飛び上がり、急いでドアを開けてあたりを見回すと、廊下の端に特徴のあるシルエット。


 あれは間違いない!!


 その影は焦って逃げようとしたが、バフをかけて全力で追いかけるとあっさり追い付けた。その巨大な影は……思った通りカイロスだった。


「どうして、逃げるんですか?」


「ハアッ、ハアッ……、ゼェッ……ヒュッ~、ヒュ~ッ」


カイロスは巨漢なのに全力で駆け抜けたせいか、かわいそうなくらい息切れしていた。しばらく寮の前のベンチに座って息が整うのを待ってから事情を聞くことにする。


「あの…。この紙袋って夜食ですよね。カイロスさんが差し入れてくれたんですか?」


「ああ……。懇親会で何も食べてないみたいだったから…」


 紙袋を開けるとステーキサンドが入っていた。お察しのとおり空腹だったので遠慮なく頬張ることにする。


「手紙で色々教えてくれてたのもカイロスさんですか?僕がエリーゼのペットとかって陰口言われているとか……」


「ああ……。悪かったな」


 カイロスは頭を掻きながら目を伏せた。


「ということは、手紙で懇親会と腕相撲大会のアイデアを教えてくれたのもカイロスさんですよね。あれには助かりました。ご覧のとおり大成功でした!!」


 そうなのだ。エリーゼや僕と隊員との距離が開いていると指摘してくれたのも、それを解消するために懇親会や腕相撲大会を開くというアイデアも、全部、僕に届いた匿名の投書に書いてあったものだ。


 カイロスは静かにうなずく。


「ちょっとでもお前が女社会に溶け込めればと思ってな……しかし、王都の教育部隊にいるヤンから、お前がバフが使えるとは聞いてたが、まさか中隊長クラスを腕相撲で総なめにするくらいの力があるとは……正直、驚いた」


 カイロスは訥々とした口調だったけど、声色に驚嘆の色が混じっている。


「ヤン教官とお知り合いだったんですね。教官には初任教育訓練で大変お世話になりました」


「ああ。ヤンは3年前に退役するまで同じ部隊にいた戦友だ。あの頃、今も同じだが、男の軍人は少なくて部隊でも俺とヤンの二人きり。だからどこへ行くにも一緒だった……」


「カイロスさんは、ヤン教官から何をお願いされてたんですか?」


 にっこりと微笑みかけると、カイロスはうつむき、しばらく沈黙した後、おもむろに口を開いた。


「……お前はきっと俺たち、男性軍人のガラスの天井を破ってくれる……。ヤンはそう言っていた……」


 初任教育訓練でヤン教官に教えてもらった歴代の男性軍人の話を思い出した。


 男性軍人でもっとも出世したのは、後に文官に転じたフリッツ知事。エリーゼの叔父様だ。


 フリッツ知事は軍人家系出身で名門貴族の後ろ盾があり、しかもバフが使えて抜群の軍功を挙げたにもかかわらず大尉で退役することになった。


 他にも少尉や中尉になる男性軍人は珍しくないけど、少佐になった男性軍人は歴史上一人もいない。女社会で、しかも体力が物を言う軍隊で、非力な男が出世するのは、文官の世界と比べてもはるかに困難だということはヤン教官から何度も聞かされていた。


「……ほとんどの男はバフが使えない。稀に使えたとしても女ほどのパワーは出せない。俺も体力で補おうと頑張ってみたが、力では、まったくかなわなかった……」


 カイロスは筋肉隆々の巨漢。体重も100㎏は超えてるだろう。それでもバフが使えなければ体重が半分以下の女性には簡単にひねられてしまう。それだけバフの効果は絶大なのだ。


「ヤンに、お前が女以上の能力を持った男だと言われた時は半信半疑だった。でも、今日の腕相撲を見て確信した。お前だったら力でも女に負けない。軍功を挙げれば男として初めて佐官、いや将官になれるかもしれない逸材だ……」


「だから僕に……男性用食堂とか、男性用売店を利用しないようにさせてたんですね」


「ああ……。出世のためには男の仲間に甘えてちゃだめだ。女たちの中に飛び込んで、彼女たちから信頼を勝ち取らなきゃだめだ。そんな老婆心からだった…。すまん。非礼を許してくれ……」


 カイロスは巨大な身体を折り曲げて頭を下げた。そんな姿にかえって恐縮してしまう。


「フリッツ様も、ヤンも、俺も、いや俺たちだけじゃない。現役・退役問わず、男はみんなお前に期待している。お前が壁を突破してくれれば、後に続く男性士官も次々を現れて、軍での男の地位も上がるはずだ。男のお前が出世を求めれば厳しい軍人人生になるだろう。アレクサンドルみたいに女のペットに甘んじた方が楽かもしれない。勝手な期待だということもわかってる。だけど、頼む……。お前は俺たちの希望の星なんだ……」


 カイロスはさらに深く頭を下げた。


 この姿を見て意気に感じない人がいるだろうか。


 僕は、後押ししてくれたヤン教官、それからフリッツ知事の顔を思い浮かべ、明日からも頑張ろうと決意を新たにした。


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