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第28話 腕相撲大会

「それじゃあ、みんなの普段の労をねぎらって、かんぱ~い!!」


  今日はエリーゼが隊長を務める第二特別大隊の一斉非番日の前日。この機会を使って隊の懇親会を開催している。


 軍のプレイルームにケータリングを入れた立食で、隊員300人が一堂に会した。


 ただ、会場の空気はどこかよそよそしい。

 みんな同じ小隊、中隊の仲間内で歓談したり、給仕の男子に話しかけたりしているけど、隊長であるエリーゼや僕には近寄って来ない。


 やはりまったく慕われていない。敬遠されている。

こういった立食パーティーでは、その事実がはっきり目に見える形で突き付けられてしまう。


 ただ、僕には秘策がある。この場は、昭和の頃からの日本の伝統である、ただの飲みニケーションってわけじゃないぞ!!


「……じゃあ、そろそろお願いします」


「お、おう……」


 エリーゼが緊張した面持ちで演台の中央に進み、声を張り上げた。


「お前たち!!よく聞け、余興の時間だ!!」


 エリーゼの声に会場が静まりかえり、一斉に怪訝な表情を向ける。完全にアウェーな空気。


 しかし、さすがは管理職経験の長いエリーゼ。まったくひるむことなく説明を続ける。


「これから、大隊で一番の怪力を決める腕相撲大会を開催する。全員参加で、優勝者には豪華賞品も用意した!!30年もののウィスキー1年分だ!」


 エリーゼが高く掲げたのは高級モルトウィスキー。一本で僕の給与の1か月分が吹き飛ぶほどの高級品だ。さすがに隊員たちも度肝を抜かれたのだろう。


 そこかしこから、「おおっ…」とか「ああっ…」といった歓声が聞こえてきた。


「全員参加ってことは、エリーゼ隊長も参加されるんですか~?」


 どこからともなく声がかかった。少しからかうような口調が引っかかる。


 エリーゼは意に介さず、歯を見せてニヤリと笑った。


「もちろんだ!もっとも、わたしは大隊長だ。大隊長権限を使って、一番勝ち抜いた猛者と最後に対戦させてもらう。それに全員参加ということはわかってるだろうな!カズキも参加するぞ!お前ら男に負けたら恥ずかしいぞ!!男になんか負けたら懲罰処分にするからな!」


 エリーゼのその一言に会場は一気に盛り上がった。


「俺がウィスキーを取って来てやる」とか、「カズキと対戦して~な~」「手を握りたいだけだろ~が」といった声が漏れ聞こえてくる。


 急遽、会場の中央にスペースが作られ、そこに机が持ち込まれた。


 ちなみに机を運んできたのは軍属業者のカイロス。偶然じゃない。僕がこの懇親会を手配した時、意図的にケータリングをカイロスがいる業者にお願いしたからだ。これにも一つ狙いがある…。


 それからくじ引きで決まったトーナメント表が貼り出され、第二特別大隊腕相撲大会が始まった。


 一回戦第一試合、いきなり僕の出番。しかも相手はあのモニカ軍曹だ。


 僕とモニカ軍曹がテーブルに進み出ると、一斉に声援が飛んだ。


「モニカ~瞬殺してやれ!5秒と持たせたら女の恥だからな~」


「少しでも長く男の肌を楽しみたいからって、わざと手加減したら懲罰処分だぞ~」


 モニカ軍曹はやりにくそうにしているけど口の端が少し緩んでニヤつきを隠せていない。きっと、負けるなんて夢にも思っていないんだろう。


 テーブルの上で手を組むと、位置を調整するふりをしてもみもみしてきた。ちょっと気持ち悪い。


「よ~し。レディー、ゴー!!」


 ダンッ!!


 勝負は一瞬で着いた。もちろん僕の勝ちだ。


 その瞬間、会場が一斉に静まり返った。対戦相手のモニカ軍曹も呆然としている。


「えっ?どういうこと?」


「モニカが手を抜いたんじゃねえの?」


 少しそんな囁きも聞こえて来たけど、その後、二回戦、三回戦、準々決勝、準決勝と僕は危なげなく勝ち進んだ。


 しかも、その中にはビアンカ大尉やフローラ大尉ら古参の中隊長を瞬殺した勝ち星も含まれている。


「デボラ隊長、お願いします」


「お、おう…」


 決勝まで勝ち進んだ僕の相手は、中隊長のデボラ大尉。歴戦のたたき上げで、第二特別大隊随一の怪力と聞いている。


 決勝まで男の僕が勝ち進んだことで、会場には形容しがたい緊張が走っていた。


「お願いしますっ!デボラ隊長」

「負けたら女のメンツが立ちません」


 対戦相手のデボラに掛けられる声援も悲壮な調子を帯びている。当のデボラ本人の表情も硬く強張っている。何が何でも負けられないという闘志を感じる。


 ただ、残念ながら僕の相手ではない。僕の魔力量は女性と比べてもずば抜けている。だからバフの身体強化力も他の追随を許さない。

 それに元の筋力だって男の僕の方がずっと強いのだ。


「フンッ!」


 気合一閃。当たり前のように、デボラも瞬殺した。

その瞬間、会場は静寂に包まれた。


 遅れて僕が「どうした~!!第二特別大隊の女たちの力はこんなもんか~?」と煽るように言ってみたけど、みんな悲壮な表情で下を向いたまま。


「男に総なめにされるなんて…」「もう第二特別大隊も終わりだ」といった小さなつぶやきがポツリ、ポツリと聞こえる。


 そんなお通夜みたいな空気を打ち破ったのは、エリーゼの一言だった。


「おいっ!!まだ第二大隊には女が一人残ってるぞ!!」


 エリーゼは観衆をかき分けて前に出るとテーブルに肘を着けて、右腕を突き出した。


「男が女に絶対に敵わないってとこを見せてやる!!」


 僕がその手を掴み、始まった腕相撲対決は、一進一退の熱戦になった。


 ただ熱戦なのはテーブルの上だけ。周囲の隊員たちは一言も発せず、しらけた表情で対戦を見守っている。


 トンッ。


 やがて僕の手の甲がテーブルにつき、エリーゼが左手を突き上げた時も歓声は起こらなかった。ただ、パラパラとした拍手が聞こえただけだった。


 なんとなく疑惑の視線を感じる。


「おいおい、お前ら~!!八百長を疑ってるだろ!!よしっ、おいデボラ!敗者復活戦だ。わたしと戦って勝てばお前が優勝でいいぞ!出てこいや~!!」


 エリーゼの一声に、デボラが戸惑いながらテーブルの前に出てきた。


「言っとくが手加減なんかするんじゃないぞ!全力で来い!!」


「フンッ!!」


 急遽始まったエリーゼとデボラの腕相撲は……熱戦になった。二人とも顔を歪めながら右腕に全力をこめ、二人の力が拮抗するのを示すかのように組み合った手がプルプル震えている。


「デボラ隊長…頑張れ!!」「少佐ももう少しです!!」


 少しずつ掛け声が出て、やがてその声は大きくなり、会場に熱気が戻ってきた。


 今やデボラ中隊の隊員だけじゃない。第二特別大隊の隊員が一人残らず、声を嗄らして叫び出した。


 よしよし、うまくいったぞ。


 僕がエリーゼに負けたことは、もちろん八百長…いや忖度の結果だ。普通にやれば、バフも使えない非力なエリーゼに負けるわけない。


 じゃあ、バフを使えないエリーゼが、デボラと対等の勝負を繰り広げられているのはどうしてか?それはさっき腕相撲をしている時に、僕がこっそり魔力を流し込みエリーゼにバフをかけたからだ。


 つまり、今、エリーゼは、僕のバフで身体強化してデボラと戦っているわけだ。ドーピング?


「あっ、傾いた」


「腕相撲で一度形勢が傾いたら勝てない…。もうだめか…」


 テーブルに目を戻すと、エリーゼが押し込んでいて勝利は目前だ。


 これも計算通り。エリーゼが僕に勝っても隊員の信頼は得られない。


 でも、怪力自慢のデボラに勝てばどうだろう?きっと隊員から一目置かれるはずだ…。


「ぐぬぬ~っ」


 デボラも意地があるのか、形勢が傾いてから驚異の粘りを見せた。エリーゼはなかなか勝ちきれない。


「フンガ~ッ」


 ダンッと音がしてテーブルに手の甲がついた。勝ったのは……デボラだ。


 その瞬間、大歓声と勝利を祝う口笛が高らかに鳴り響いた。エリーゼは腕を痛めたのか、左手で右の手首のあたりをさすっている。


 そうか、長期戦になったからバフの効力が切れたのか。作戦失敗だ…‥。


「やるじゃないか!さすがの怪力だな。お前みたいな部下を持ててうれしいよ」


「エリーゼ、少佐……」


 エリーゼがデボラの右手を取り高く突き上げた。


「すみません。男になんか負けて情けないです……」


「いや、お前がチャンピオンだ。お前の方がカズキよりずっと強かったぞ」


「エリーゼ少佐、もしかしてわざと……」


 デボラはエリーゼの肩に顔をつけて泣き始めた。隊員たちも先ほどとは違う万雷の拍手で二人を讃える。


 この後、デボラ、エリーゼ、そしてなぜか僕も胴上げされ、それからエリーゼが大量に持ち込んだウィスキーで乾杯した。


 エリーゼが調子に乗って隊員一人ひとりと乾杯して一気飲みを繰り返していたので、悪酔いしないようこっそりバフをかけてあげる。


 計画とは違ったけど、エリーゼと僕は第二特別大隊に受け入れられた。そう実感できた楽しい夜だった。


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