第25話 男士官の立場
「……あのアレクサンドルって人、階級章によれば僕と同じ少尉ですよね。なんであんなに偉そうなんですか?なんで三階級も上のエリーゼ少佐があんなに頭を下げるんですか?」
なんとなく釈然としなかったので帰る道すがら、エリーゼに不満をぶつけながら聞いてみたら、彼女は周囲をうかがい、「しっ!!」と指を口に当て、それから声を潜めた。
「アレク少尉は、司令長官であるドネルク大将の秘書官だ。下手なことを言って彼の耳に入ったら、ただじゃすまないぞ!」
「えっ?でも、大将の秘書官ってだけで、彼自身はただの少尉ですよね?」
「ただの秘書官じゃない。ドネルク大将の愛人って噂もある。ドネルク大将はアレク少尉の言うことは何でも聞くってもっぱらの評判で、アレク少尉は今やこの要塞一の権力者だ。彼を怒らせたら左遷どころじゃすまないぞ!!」
怯えるエリーゼの顔を見ながら少しうんざりした。
なんだ、つまり虎の威を借りる狐ってことか。
しかも愛人だから?
軍も思ったよりも腐敗してんな~。最前線なのに大丈夫なのかな……?
「そんな顔しないでよ。わたしだって、なんであんな男にペコペコしなきゃいけないんだって思うけど、それでも我慢してるんだから……。それよりもさ、次はカズキの部屋へ案内するよ。長旅で疲れてるでしょ?勤務は明日からでいいから今日はゆっくり休むといいよ」
エリーゼは、僕の機嫌をとるように微笑むと、居住区にある寮に案内してくれた。寮はレンガ造りのしっかりした2階建ての建物で、ぱっと見、現世の低層マンションと遜色ない感じ。
「なるべくいい部屋を手配するよう指示したんだけど、気に入ってくれたかな…?」
エリーゼが案内してくれた僕の部屋は、ワンルームマンションみたいな間取りで、ベッドとデスクが備え付けられている。狭いけど清潔そうだし、日当たりもいい。
「こんないい部屋、一人で使っていいんですか?」
「もちろんだ。トイレも簡易浴室も備え付けだし不便はないだろう。あっ、キッチンはないから、食事は士官食堂で済ませるといいよ」
「ありがとうございます!!じゃあ、僕は荷ほどきがありますので、また明日からよろしくお願いしますね!!」
王都から先に送った荷物も既に届いていて部屋の隅に積み上げられていた。さっそく荷ほどきに取り掛かろうと腕まくりをしていたら、なぜかエリーゼが立ち去らず、ドアの近くでもじもじとしている様子が目に入った。
「……?少佐?どうしました?まだ何かお話が?」
「いや、あの……」
エリーゼは目を伏せ、頬を少し赤く染めながら、つま先で床の上にのの字を書いている。彼女の次の言葉を待ったけど、口ごもってなかなか口を開かない。
「あの……言いにくい話ですか?何か僕の態度に問題があったとか?」
「あっ、いやそうじゃないんだ。あの…ほら…、ウォルフガング家の力を使って、少尉に推薦してあげただろ、ずっとわたしの側で働けるように……」
「はい。ありがとうございます。僕には過分なくらいの待遇で」
たしかに、いきなり少尉に任官されたことには驚いた。エリーゼのごり押しのおかげだと、うすうす気づいていたけど……。
「それで……あの冒険者をブラックレイクに置いて、こっちに来てくれたってことは期待してもいいのかな?」
エリーゼは早口でそこまで言うと、両手で顔を覆ってしまった。指の間から見える顔、そして髪の間から見える耳が真っ赤になっている。
期待?いったい何を?
何が言いたいんだ…?
あっ、そうか。たしかエリーゼは、女の人なら当たり前に使えるバフが使えなくて、ゴブリンにも負けるくらい非力なんだった。軍にいながら、そんなに非力なんて致命的だから、それがバレないように僕に助けて欲しいってことかな?
「もちろんですよ。全力でエリーゼ少佐を支えさせていただきます。秘密を知ってるのは僕だけですしね」
僕の言葉に、エリーゼは両手を顔から離して、潤んだ鳶色の瞳で僕を見つめた。
おっ、正解か?
「カズキ~!!」
エリーゼは一直線に僕の胸に飛び込み、そのまま背中に手を回してきた。
「ちょ、ちょっとやめてくださいっ!!いきなりどうしたんですか!!ここは軍の寮ですよ!!」
「あっ、ごめん。うれしくてつい……」
エリーゼは、ハッとしたように身を離した。
「あっ、今日はこれから夜勤だからダメだけど、明日は一緒にご飯食べようね!じゃあね~」
エリーゼはやけにニコニコになって、弾むような足取りで部屋を出て行った。
なんと情緒不安定な…。
まあ、気持ちはわかるかな。おそらく僕が来るまでの1か月、バフが使えないことがいつバレるか不安でしょうがなかったんだろう。
それで僕が到着して安心したんだな。
うん、そうだ。きっと、そうに違いない。
そういうことにしておこう……。




