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第24話 要塞の中

「このオクタゴン要塞は、わがロッソ王国とノワール共和国をつなぐ唯一の街道を守るために作られた要塞で、3年前に完工したばかりなんだ……」


 エリーゼの話によると、オクタゴン要塞は、行政施設や居住区などからなる広大な街区を高い城壁で六角形に囲った城塞都市で、空から見ると星形に見えるから星形要塞と呼ばれているらしい。


 修学旅行で行った函館の五稜郭みたいなものだろうか。


 司令長官の公邸は要塞の中央にある。

 だから、城壁脇にあるエリーゼの大隊長室からは、かなりの距離を歩かなければならない。


「コラ~ッ!待ちなさい!!」


「待てと言われて待つ奴なんかいないよ~だ!!」


 目の前を追いかけっこする子どもたちが走っていった。要塞都市と聞いたけど、なんで子ども…?


「……この要塞は、もともとオクタゴン市という普通の街だったんだ。それをノワール共和国からの防衛のために城壁で覆って要塞化したから、あんな風に男子や子どもも住んでいる。もっとも、今やこんなところに住むのは軍人かその家族ぐらいだけどね……」


 なるほど。確かに城壁近くは、いかにも軍事施設といった、いかめしい感じだったけど、街の真ん中に近づくにつれて民家が増え、男の人や子どもの数も増えてきた。


「あと行政や軍属の業者で働いている独身男子も住んでるよ。たいていは軍の施設で給食とか洗濯とか、そういった下働きをやってるかな。あいつらは養ってくれる妻を探すために、わざわざここに働きに来てるんだ~なんて言われてるよ。軍人は安定してるし、伴侶としてはモテモテだからな~。ハハッ!」


 エリーゼの一言にちょっと引っかかった。


 エリーゼは意識して言ったわけじゃないだろうけど、僕も男でしかも一時はソフィアに養われていた。そんな風に揶揄されるのは、あんまり愉快なことじゃない……。


「あっ、ごめんごめん。わたしは目移りなんかしてないよ。こう見えて一途だからさ!」


 エリーゼがニヤついてだらしなく顔を緩めた。何を勘違いしてるだろう?


「ここは戦争の最前線ですよね。男たちもそんな甘い気持ちでこんな危険な場所で働いてるわけじゃないと思いますけど」


「いや~。確かに昔は、ここも激戦地で、市街地をノワール共和国の連中に占領されて住民が連れ去られたりしたらしいけど、5年前に難攻不落のこの要塞が完成してからは戦場になったことはないよ。せいぜい国境付近で偵察部隊と小競り合いがある程度かな。まあ、あいつらも馬鹿じゃないから、むざむざ要塞の十字砲火の餌食になるためにここまで攻め手来ないだろ。だからこの要塞は最前線だけど、ロッソ王国で最も安全な戦場だろうな。フフンッ!!」


 腰に手を当て得意げに鼻の穴を膨らませるエリーゼに閉口して、黙って歩いていると、やがて3階建てくらいのレンガ造りの立派な建物の前に着いた。

 ぱっと見、大金持ちの大邸宅のようだが、ここが司令長官の公邸らしい。


 エリーゼが門番に声を掛け、玄関脇の控えの間に案内された。


 部屋に入るなり、さっきまでの能天気な様子とはうって変わって、エリーゼは黙り込み、目に見えてナーバスになった。

 やはり司令長官は偉い人だし、エリーゼもそんな人に会うのは緊張するのだろうか。


「司令長官閣下はどんな方なんですか?」


「いや……うん。実を言うとわたしも一回しか会ったことがない。お忙しい方だし、今日も会えないだろうな。秘書にメッセージを残すだけになると思う」


 なんだ。じゃあ緊張する必要ないや。

 ほっとした……うん?じゃあなんでエリーゼはこんなに緊張してるんだ?


 そう思った瞬間、ノックの音に続いてドアが開かれた。その瞬間、エリーゼが素早く立ち上がり、僕も慌てて後に続く。


 部屋に入って来たのは、細身にジャケットを羽織り、インテリ風のフレームのない眼鏡をかけて、少し前髪を垂らしたいかにもできそうな感じの……男の人?


「ア、ア、ア、アッ……アレクサンドル殿、この度はお忙しいところお時間をとっていただいて恐悦至極……今日は新任の士官の挨拶に……」


「ハハッ、エリーゼが少佐も相変わらずですね。おかけください」


 かわいそうになるくらい緊張してしまっているエリーゼとは対照的に、部屋に入って来たアレクサンドルと呼ばれた男性は落ち着いた様子でソファに深く腰掛けて足を組んだ。


 近くで見るとまつ毛が長くて驚くくらい顔だちが整っている。アイドル?女形の歌舞伎役者?そう言われても不思議じゃない。


 堂々と足を組んでソファの背もたれに体を預けるアレクサンドルとは対照的に、エリーゼはソファの端にちょこんと腰かけて、ほとんど空気椅子みたいに座っている。


 僕もエリーゼにならって同じ座り方をする。この体勢、太ももがきつい。プルプルする…。


「あなたが新任の士官?男の人なんて珍しいね」


「は、はい。カズキ・オータニ少尉です。こう見えて優秀な奴なので、ウォルフガング家から士官に推薦させていただきまして……」


「ふう~ん。どうせエリーゼ少佐が、お気に入りをごり押ししたんじゃないの?」


 アレクサンドルは足を組み換え、エリーゼの方に意味ありげな視線を送る。なぜかエリーゼが急にあわあわと焦り出した。


「まあいいわ。カズキ少尉。このオクタゴン要塞、いえ軍全体で見ても男の士官は極めて稀。全男性の代表として、見られている立場であることを自覚して、恥ずかしいような行いだけはしないでちょうだい。じゃあ、司令長官閣下にもよろしく伝えておくから」


 それだけ言うとアレクサンドルは僕の返事も待たずに立ち上がり、優雅な足取りで部屋から出て行った。


 エリーゼは、アレクサンドルが立ち上がってから部屋から出て行くまで、いや出て行ってからしばらく後まで、ずっと腰を折って深く頭を下げ続けていた。


 なんだ、あれ?

 なんであんな偉そうなの?


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