第23話 オクタゴン要塞
「やっと着いた。ここが僕の新しい職場……」
目の前にそびえ立つ巨大な城壁。
そのはるか頂上に設けられた堡塁からは厳しい監視の視線を感じる。
ここはロッソ王国の西の端を守るオクタゴン要塞。
僕がいるロッソ王国と、西側の隣国ノワール共和国との国境に設けられた最重要軍事拠点。
ちなみにロッソ王国とノワール共和国は10年にわたり戦争中。だから、ここは戦場の最前線でもある。
ソフィアの浮気をきっかけに家を飛び出し、上司エリーゼの誘いに乗って王立陸軍へ移ってからはや半年。
それまではずっとロッソ王国の東の端にあるブラックレイク地方から出たことすらなかったのに、とうとう西の端まで来てしまった。
旅の合間には王都での初任軍事訓練もあったし、もうへとへとだ。早く着任の手続きを済ませて寮に入って休もう。
東門前にある詰め所に立ち寄り、歩哨にIDと命令書を見せて入城手続をしていると、後ろから口笛が聞こえた。
振り向くと20代後半くらいの女性兵士が腕組みしながらニヤニヤと笑っている。襟元の階級章を確認すると一人は軍曹、もう一人は伍長らしい…。
素早く敬礼すると、二人は敬礼を返さず、腕組みとニヤニヤ笑いのままゆっくりと近寄って来た。
「兄ちゃん、新人?あたしら非番だからさ、これから中を案内してあげよっか?」
伍長の階級章を付けた女性兵士が馴れ馴れしく僕の肩に肘を置いた。
「ありがたいお話ですが、上官に着任報告がありますので」
「それじゃあ上官の所に案内してあげるよ。それが終わったら一緒に遊ぼっか~。ここには色々楽しめるところもあるからさ」
もう一人、軍曹の階級章を付けた兵士が僕の尻をパンッと強く叩き、そのまま強く掴んできた。
困ったな……。僕が苦笑いしていると、事態に気づいた歩哨が慌てだした。
「お、おやめください!!この方は……」
「ああん?何だよ。お前、一等兵のくせに意見すんのか?襟の階級章を見なよ!!」
女性伍長が歩哨に凄んでいる。
階級って言うなら…あっ、そうか。僕はまだ階級章を付けてなかったのか……。
ポケットから階級章を取り出し、ゆっくりと襟に着ける。
「おっ、兄ちゃん。いっちょ前に階級章持ってんのかよ……って、えっ?」
「あっ、失礼しました!!」
僕の階級章を見た二人は、パッと僕から身体を離し、直立不動になって敬礼した。
「ごめんね。せっかく声を掛けてくれたのに。これから上官報告だから。また今度ね」
「はっ、はい!!すみませんでした」
二人が腰を直角に曲げて頭を下げている。
僕の襟には小さな銀色の星一つ。少尉の階級章が光っている。
つまり、僕はこの二人にとっては上官にあたる。
「あっ、そうだ。さっき上官のところに案内してくれるって言ってたよね。第二特別大隊のエリーゼ少佐の所へ案内してもらえる?」
「はっ、はいい~っ!!」
恐縮した二人が慌てて先導してくれた。
これまで、この世界で女の人にこんなに丁重に頭を下げられたことなんてほとんどなかった。男と女とか関係なく、階級ですべて決まるのが軍のいいところだな~。
◇
僕は案内された『第二大隊長室』と書かれた札が下がった扉をノックした。
「失礼しま~す」
「おう、おっ!おおっ!!やっと来てくれた!!待ちわびたよ~」
部屋の主は、足を机に投げ出し横柄に椅子にふんぞり返っていたけど、僕の顔を見るなり跳ねるように駆け寄り、満面の笑みで僕の手をとった。
「エリーゼ…少佐、お久しぶりです」
「もうっ!!全然来ないから心細くて心配したよ~。さあさあ、早く入って…んっ?」
エリーゼは僕の後ろに女性兵士二人を見つけると、一瞬で笑顔を消し、険しい表情になった。
「モニカ軍曹、それにソニア伍長!そんなところで何をしている!!」
エリーゼの一喝に二人はすくみ上がった。怯えて何も言えないみたいだ。
しょうがないから代わりに僕がうまく説明してあげよう。
「お二人にここまで案内してもらったんです。親切にも門のところで声を掛けてくれて……」
「そうか、じゃあもう行ってもいいぞ。二人とも非番だろ!!」
エリーゼが億劫そうにシッシッといった感じで手を振る。モニカ、それからソニアと呼ばれた二人はエリーゼに敬礼すると、逃げるように去って行った。
軍に移ってもエリーゼのパワハラ上司ぶりは相変わらずだ。また部下に反乱を起こされなければいいけど……。
そんな僕の心配を知ってか知らずか、機嫌よく微笑んだエリーゼは、僕を部屋に招き入れソファに座らせた。
「すぐにコーヒーを淹れよう。あっ、お腹空いてない?クッキーがあるんだよ。たしかここに……」
エリーゼは、小柄な体を精一杯背伸びして、戸棚の奥の方に手を伸ばしている。なかなか手が届かないみたいだったので、立ち上がりエリーゼの後ろから戸棚の奥に手を伸ばし、クッキーの缶を取り出した。
「はいどうぞ」
「ありがとう、カズキ。やっぱり頼りになるな……」
図らずも戸棚を背に壁ドンみたいな体勢になってしまった。エリーゼは下から潤んだ瞳で僕を見つめる。
「やめてくださいよ。クッキー取ってあげたくらいで。あっ、司令長官にも着任の挨拶に行くように言われてました。もう行かないと…」
「お、おう。わかった。じゃあわたしが案内してあげる……」
真っ赤になったエリーゼが、跳ねるような足取りで僕の手を引っ張った。
なんかやたら浮かれてるな。エリーゼは僕よりもずっと早くこの要塞に着任したはずだけど、新しい職場できっと心細かったのだろう。
いつも強気に見えるけど、実は気弱な人だからな……。
僕は同い年の上官の小さな背中を見ながら、小さく微笑んだ。




