第22話 エリーゼのために
家を飛び出した僕は、宿屋で一夜を明かし、そのまま次の日も一日中ふて寝した。
そしたら少し冷静になれたけど、それでもまだソフィアの家に帰ろうとは思えない。
宿を出た僕の足は、他に行くところもないので、自然と職場がある本省庁舎の方へ向いていた。
「あれっ?おかしいな……」
職場であるギルド管理課は、普段は20人近い課員がいる。だけどこの日、部屋に課員は一人もいなかった。
「おっ!!カズキじゃないか!!よく来たな、こっちへ来い!」
誰もいないギルド管理課で、ただ一人、エリーゼだけが課長席に座っていた。
「みなさんどうされたんですか?」
「ああ、アンデッドの死体の片付けをさせてるんだ。ほら、あの量だろ?ギルドだけじゃ人手が足りないし。それにわたしが一人でネクロマンサーを倒したんだ。後片付けくらいやってもらわないと割に合わんよ。ハハハッ!!」
エリーゼは得意げに高笑いすると、すぐに表情を引き締めた。
「それよりも、シャーロット殿下御一行の視察は大成功だったぞ。あのネクロマンサー、実は王都の方で有名なモンスターだったらしい。王都付近で派手に暴れた後、追っ手を逃れてこちらに流れて来たとか。それを一人で討伐したんだから、わたしの腕前は大したもんだとシャーロット殿下にも、フリッツ叔父様にも激賞されてな~」
「あ~、それはよかったですね~。大活躍でしたもんね~」
棒読み口調でジト目でにらむと、エリーゼは口をつぐみ、それからゴホンと咳ばらいをした。
「それでだ。シャーロット殿下から直々に王立陸軍の方へ移るように勧誘されてね。ほら、うちは代々軍人の名門だろ。ネクロマンサーとアンデッドの大軍を倒す腕前があるんだから、ぜひそれを軍で生かして欲しいと懇願されてね。それで、急な話だけど、王立陸軍に移籍することになった。少佐待遇らしいぞ!!」
「すごいですね~。向こうでもがんばってくださ~い」
僕にとってはどうでもいい話。エリーゼが手柄を独り占めにして、それを手土産にうまく上層部に取り入って出世したところで、僕には何の関係もないし……。
僕の頭の中は、それよりもソフィアのことでいっぱいだ。ここから先、ソフィアとの関係はどうしたらいいだろう?
僕から謝りに行く気もないけど、向こうから謝ってくることもないだろう。
まさかこのまま終わりで、レオンとやり直すってことになるのだろうか?
そうすると、狭いこの街のことだ。二人が仲良くしている姿が嫌でも目に入るだろうな。それは嫌だ……。
「……おい、カズキ、聞いてるのか?返事は?」
エリーゼが怖い顔を作って睨んでいる。ぼんやりと考え事をしていたせいで、途中から、まったく話が耳に入っていなかった。
「すみません。もう一度お願いします」
「な、なに?こんな恥ずかしいことをもう一度言わせようというのか?」
なぜかエリーゼは真っ赤になり、それから僕に耳を貸すように言ってきた。
「カズキ……。君にパートナーがいることはわかっている。だけど、わたしに付いて来て助けてくれないか?必ず幸せにするから」
はっ?
思わず顔を離し、まじまじとエリーゼの顔を見つめると、彼女はそっと目を伏せた。
「い、いや、ほら……。この職場では、カズキには色々助けてもらって……正直言って、カズキがいなければこんなにうまくいかなかったこともわかってる。カズキがいなかったら、王立陸軍への引き抜きどころか、ゴブリンにすらやられて、叔父様の顔に泥を塗ってクビになってたかもしれない。カズキがいなければだめなんだ。仕事としてのパートナーでいい。だから、わたしと一緒に王立陸軍に移って、これからも側で支えて欲しい。頼む」
エリーゼが机に手をついて深く頭を下げている。プライドが高く高慢な彼女が頭を下げるのなんか初めて見た。
「わかりました。いいですよ」
「本当か!!ありがとう」
頭を上げたエリーゼの顔は、まるで、ずっと欲しかった玩具を誕生日プレゼントでもらえた子供のように純真無垢に輝いていた。
対して、僕の考えはそんなに純粋じゃない。
このままこの街にいても、ソフィアとレオンの関係を見せつけられて辛い思いをするだけだ。だったら、まったく知らない街に行って一からやり直した方がいい。
ただそう思っていただけだ。
こうして僕は、2年間を過ごしたブラックレイク地方、そしてソフィアの下を離れ、新たな旅路に出ることになった。




