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第21話 帰宅

「帰って……これた……」


 報告のため役所に戻ったエリーゼと別れ、自宅前までたどり着くと、ほっと気が緩み、色々な感情がこみあげて来た。


 死ぬところだった。九死に一生を得た。

 モンスターと戦うことって、あんなに危険だったんだ。


 ソフィアは、いつもあんな怖い思いをして働いているのかな。僕がこの家で呑気に待っている間に、彼女は体を張って頑張ってくれてたんだ……。


 自宅の窓からのぞき見ると、灯りもつけず、部屋の中は真っ暗だった。レオンはもう帰っちゃったのかな?


 まだ一人で満足に動くことができないソフィアを、暗い部屋の中で一人にしちゃった。


『ごめんなさい。それから、いつも守ってくれてありがとう』ソフィアに真っ先にそのことを伝えよう。


 いつも僕のことをわかってくれないって不満を言ってたけど、僕もソフィアのことをわかってなかった。


 怖かったけど、今日の経験でソフィアのことが少し理解できた気がする。いつも黙って、歯を食いしばって頑張ってくれるソフィアは本当に尊敬できる。この気持ちを、これからもずっと忘れないようにしよう。


 そう決意を新たにして、玄関のドアを押す。


「ただいま~遅くなってごめんね」


 部屋の中は真っ暗でよく見えなかったけど、寝室の方で何か動いた気配がした。起こしちゃったかな?


 部屋のランプに灯を入れ、手を洗ってから急いで奥の寝室へ向かう。


 一刻も早くソフィアの顔が見たい。感謝の気持ちを伝えたい……。


 しかし、寝室に足を一歩踏み入れた時だった。


「はっ?えっ?どういうこと?」


 目の前で何が起こっているのかわからなかった。


 ソフィアは、驚いたような顔で僕の方を凝視しながらベッドに横たわっている。しかしその隣にもう一人……。


「えっ?レオンさん?どうしてベッドに?」


「あっ、いや違う。違うんだ。誤解だ」


 ソフィアは、わたわたと慌てて掛布団で体を隠そうとしている。対照的にレオンはゆっくりと体を起こした。筋骨隆々な上半身が彫刻のようだ。


「誤解ってなんですか?間違いなく事後ですよね」


 不思議なことに僕の口から零れた言葉はとても冷静だった。正直言って頭の中はパニックだった。目の前の出来事が現実だなんて信じたくない。誤解であって欲しいって、僕自身も思っていたのに……。


「……説明してください」


 そう言って僕がソフィアに近づこうとした時、レオンが立ち上がり、僕の前に立ちふさがった。


「見ての通りだ。言い訳できない……」


「レオンさん?どうして?僕とソフィアが夫婦だって知ってますよね。なのに……」


「ああ、知ってるよ!!」


 レオンは僕の言葉を遮るように強く吐き捨てた。


「でも、カズキは知ってた?俺とソフィアが幼馴染みで、小さなころからずっと好き合ってたって!!なのに、ソフィアが冒険者みたいな危険で不安定な仕事をしてるからって理由で、親に無理やり別れされられて、商人の跡取り娘と夫婦になるように強制されて……」


 ええっ?そうだったの?


 レオンも、ソフィアもそんなこと一切話してくれなかった。


 そう思いソフィアの方に視線を送ったけど、ソフィアはうつむいたままだった。


「婿入りした後も、ソフィアを忘れられなかった。ずっとソフィアのことを考えていた。それで思ったんだ。もし俺が役所の正職員になれば自立できる。それで安定した仕事と収入でソフィアを支えられる。正職員になれたら親に反対されても今の妻と別れてソフィアと一緒になろう!!その気持ちだけで頑張ってきたんだ……」


 レオンの顔に翳が差す。そういえばレオンから、正職員になれず雇止めにあったと聞いた時もこんな顔をしていた……。


 そんな顔をされると僕は何も言えない。ただ絶句するしかない…。


「それなのに!!どこからかポッと現れた男がソフィアと一緒に暮らし始めて、しかも俺の気持ちも知らずにソフィアとの生活の愚痴なんか聞かせてきたりして……あの時、俺がどんな気持ちだったかわかるか?」


「いや……ごめん……」


「しかも、あっさり役所の正職員になって本省に栄転なんかして!!俺なんか6年も勤めたのに雇止めだぞ!!どうしてお前ばっかり、俺が欲しいものを手に入れられるんだ!!不公平だ!!」


 レオンは、両こぶしを握り締め、うなだれながら力を込め、そして一気に爆発した。


「だからいいだろ!お前は、自分がどれだけ幸運なのかも気づかず、それを粗末にしてるんだから!!俺が何に変えても手に入れたかったソフィアに、大事にされてるのに不満ばっかりで雑に扱ってるんだから。だったら、返してもらってもいいだろ!!」


 顔を真っ赤にしながら叫んだレオンを見ながら思った。


 ……レオンの気持ちなんかどうでもいい。身勝手だと怒りを覚えることもない。かわいそうだと同情する気持ちもない。正直まったくの他人ごとにしか思えない。


 だけど、だけど……。


 もう一度、ソフィアの方を見たけど、俯いたまま虚ろな目をしている。


 どうしてソフィアはずっと黙っているの?

 なんで、レオンの言葉を否定して、大事なのはカズキだけだと言ってくれないの?


 ああ、そうか……。つまり、僕はソフィアにとってそのぐらいの存在でしかないんだ。


 偶然、街で出会って気まぐれに拾ってかわいがってあげたのに、やれ外で働きたいだの、自立したいだのとワガママばかり。それじゃあ、ずっと一途なレオンの方がいいに決まってる。


 その瞬間、僕の頭の中で何かがプツッと切れる音がした。


「わかりました。つまり僕がいなくなればすべて解決ですよね。お二人の邪魔者であることは、よ~くわかりました。それでは出て行きます。これまでお世話になりました」


 そう言って踵を返し、そのまま家を飛び出した。

 心の片隅で、ソフィアが引き留めてくれるかもしれない、追いかけてくれるかもしれないと期待していた。


 だけど、玄関を出る時に背後から「ちょ、ちょっと…」と小さな声が聞こえただけで、追いかけて来てはくれなかった。


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