第20話 二人だけの戦い(4)
「ハァ…ハァ…、グッ…」
あれから何時間戦っただろうか。
いつの間にか陽が傾きかけていて、足元から長い影が伸びている。
その肩で息をする影は、疲れ果てた僕の姿を忠実に映し出している。
バフが切れかけているのだろうか?体が重くて仕方ない。できれば、もう膝を地面に着けてしまいたい…。
エリーゼが一人で逃走した後、僕は自分からアンデッドに斬りかかり退路を開こうとした。
足手まといのエリーゼがいなくなったのだ。自分一人だったら何とか逃げられるかもしれない。しかし、その考えは甘かった。
個々のアンデッドはそんなに強くない。エリーゼの名刀のおかげもあって、近づいて来るアンデッドをスパスパ斬り捨てることができた。
だけど、倒しても倒しても、次から次へと穴を埋めるように新手が現れて、包囲網にまったく綻びが見えない。逆に少しずつ包囲網が狭まり、斬り込んだり、後退したりしながらアンデッドがいない方を探して彷徨っているうちに、気づけば背後に崖を背負っていた。
「さすがにここを飛び降りるわけにはいかないか……」
崖下にアンデッドはいない。だけど、この崖は急峻で深く切り立っている。
バフも切れかけている。この状態で崖から飛び降りたらさすがに助からないだろう。
そういえば、ソフィアもアンデッドに崖まで追い詰められて、崖から飛び降りたんだったか。
聞いた話によると、ソフィアは、一人崖上に残りアンデッドと戦って時間を稼ぎ、仲間を安全に崖下に下ろした後、最後に自分から飛び降りたと聞いている。
……思えば、ソフィアは冒険者として、ずっとこんな危ない思いをしてお金を稼いで僕を養ってくれてたんだよな……。
家でも、仕事のことばかり考えてうわの空だったり、イライラしたり……もうちょっと僕のことを考えてくれてもいいのにとか不満に思ったこともあった。
だけど、こんな風に死と隣り合わせの危険な仕事をして、部下たちの命も預かっていたんだ。だから、ずっと仕事のことを考えるようになるのも当然だよな。
僕がバフを使えるようになって、冒険者として働きたいって言った時、彼女があんなに怒って強く反対したことも今なら理解できる。
きっと、僕にこんな危険なことをさせたくなかったんだ。言葉には出さなかったけど、彼女は体を張って僕を安全な場所に置いて守ってくれてたんだ……。
ごめん、ソフィア。せめて、最後に会って一言だけでもありがとうと伝えたかったけど、もう無理かもしれない……。
三方からは立錐の余地もないくらいにひしめき合ったアンデットが迫ってくる。動きは緩慢だけど、あと1分もしないうちに僕の足元まで来てしまうだろう。後方は切り立った崖。ゆっくりと降りる暇はない。
もはや僕の前に選択肢は二つしかない。アンデットに食い殺されるか、崖から転落死するか。
躊躇っている間にも、アンデッドはゆっくりと僕の方に迫ってくる……。
もう時間はない。決めた!飛び降りよう。剣に自分の血でソフィアへの遺言を書いて、それを抱いてここから飛び降りれば、後で、僕の死体と一緒に剣に書いたメッセージも見つけてもらえるはずだ。
指を噛み切り、血で剣の刃に字を書く。滲まないようにしないと。なかなか難しい。
あんまり時間がないのに文章が思いつかない……。まずい、アンデッドが迫ってるはずだ。もう、すぐ近くに……。
「あれっ?」
なにか違和感がある。そっと顔を上げると、さっきまで僕を包囲して迫っていたアンデッドは、すべて倒れ、地に伏していた。しかもピクリとも動かない。
まったく状況がつかめない。近寄って軽く蹴ってみたけど、アンデッドはまったく動かない。返事もない。ただの屍のようだ。
呆然としながらフラフラと斜面を下り、やがて視界が開けた場所に出ると、見渡す限り一面、ずっと先までアンデッドが折り重なるように倒れている景色が広がっていた。
何百、いや何千体いるだろう?すべて倒れ、微動だにしない。
「助かった……のか?」
そう思った瞬間、腰から力が抜けて両ひざが地面に着いた。
やった…。助かった。これで……
「ど~んっっつ!!」
「ぐぎゃ~!!」
突然、腰に強い衝撃があり地面に倒れ伏した。タックルを喰らった?しまった、マウントポジションを取られた。まだ一体残っていたのか……。
慌てて剣を掴み、僕に馬乗りになっている相手を見上げる。すると、そこには満面の笑みを浮かべながらはしゃぐエリーゼがいた。
「カズキ、やったぞ!この手でネクロマンサーを倒したんだ!!生まれて初めてモンスターを討伐したぞ!!!しかもレジェンド級の大物だ!!!!」
両手を天に突き上げながら吠え、僕のお腹に跳ねるようにお尻をぶつけている。
「どうして課長がここに?僕を捨てて一人で逃げたんじゃないんですか?」
「はっ?そんなわけないだろう!!」
エリーゼはいかにも心外といった感じで表情を凍りつかせた。
「いや、アンデッドの囲いを抜けた後、確かに一直線に街の方へ走り去っていった様子を見ましたけど」
「なんだ、それを見て誤解したのか。よし、無学なお前にもわかるように説明してやろう。ネクロマンサーは、見た目はほとんど人間と同じ亜人種。だから隠れる時は人の中に紛れ込む習性がある。空き家の二階とか馬屋とかな。それで、一番近くにある街はずれの空き家が怪しいと思って真っすぐ向かったら、思った通りビンゴだ!!そのまま短剣で刺し殺し、アンデッド達の動きも止まったというわけだ。どうだ、恐れ入ったか!」
エリーゼは僕に馬乗りになったまま、腰に手を当てて胸を張る。
なんだ、逃げるために街へ向かったんじゃなかったのか……。
「すみませんでした。それから助けてくれてありがとうございます。あと、苦しいのでそろそろ上から降りてもらえませんか?」
僕の言葉に、エリーゼは最後に一回、僕のお腹にドンッとその小さなお尻をぶつけ、その勢いで立ち上がった。
「よしっ、じゃあ帰ろうか。英雄たちの凱旋だ!!立てるか?」
そう言いながら僕に手を差し出すエリーゼの顔は、相変わらず童顔で幼かったけど、どこか以前よりも少し、頼もしく思えた。




