第1話 失意と転移
「やっぱりダメだったか……」
まだ肌寒い二月のその日、僕は一人、公園の滑り台の上で三角座りをしながら、一縷の望みをかけて開いたスマホの画面から目を逸らした。
画面には『不合格』という文字がはっきり表示されている。
第一志望である東京の名門大学の一般入試結果。
不合格だったのは予想通り。もともと一般入試で合格するには偏差値がだいぶ足りなかったし、試験当日に奇跡も起こらなかった。
悔やまれるとすれば半年前のあの日のこと。ほぼ手中に収めていたこの大学への入学が、僕の手からするりとこぼれ落ちたあの日のことだ……。
◇
「残念ですが、厳正なる選考の結果、当校の指定校推薦は別の生徒に決まりました」
生徒指導室で担任の先生にそう伝えられた時、僕の頭の中は真っ白になった。
僕がどうしても入りたかった大学。物心ついた時には亡くなっていた父の母校。憧れの父の背中を追いかけるために、絶対にその大学の門をくぐらなきゃいけない。ずっとそう思っていた。
でも中学の頃には、僕の頭じゃ一般入試で入学することは難しいと朧気ながらわかり始めた。
でも、その大学には何を犠牲にしても入学したい。
だから僕は策を弄した。
今通ってる高校は、今でこそ零落したけど、かつての名門高校。だから、今もその大学への指定校推薦枠を一枠だけ持っている。
僕は、その指定校推薦枠を狙って、わざわざランクを落としたこの高校に進学した。
偏差値が低い高校だから、同級生には青春エンジョイ派が多かったけど、僕の目標ははっきりしている。彼らの仲間には入らず、陰口を叩かれるくらい真面目に勉強した。
しかも面倒な雑用ばかり押し付けられる生徒会長も引き受けて、ボランティア活動までして………。
どれもこれも全部、父の母校への指定校推薦枠をゲットするためだ。だから辛い灰色の青春にも耐えられたのだ。
でも、今、その努力がすべて水泡に帰してしまった…。
「……あ、あの。いったい僕の何が悪かったんでしょうか…?」
頑張った甲斐があって、評定はほぼ満点。生徒会活動でもボランティア活動でも抜群の実績を残した。先生の覚えもめでたいはず。
つい昨日まで、僕以外に指定校推薦枠の候補がいるなんて思いもしなかった。
「大谷くんが悪いわけじゃないの……。成績も人柄も優秀だし、君を推す先生も多かったわ。だけど他の生徒を推すという学校の判断だから」
担任の先生は眼鏡の奥の目を伏せた。奥歯に何か挟まったかのように、何か言いにくそうにしている。
「僕じゃなければ、誰が選ばれたんですか?僕よりも実績を残した生徒が3年生にいるんですか?」
「誰が推薦されたとは言えないけど……」
「そんなの、納得できません!!ちゃんと理由を説明してください」
「大谷くんが悪いわけじゃないの……。ただ、この学校では、伝統的に指定校推薦は女子生徒を優先することになっていて……」
「えっ?じゃあ、その生徒は女子だから選ばれたってことですか?」
僕が強い目で見つめると、先生はたじろいだ。
「あ、えっ、まあ……」
「なんで女だからって優遇されるんですか?ひどい、そんな不公平なんて許せない!!」
僕が思わず漏らしたその言葉をきっかけに、それまで弱気だった先生が急に強い視線を返してきた。
「あのね……。先生も女だから言わせてもらうけど、今の日本は男にとって優位にできてるの。大学進学率だって男の方がずっと高いし、就職だって男の方が有利。元々の構造が不公平なの。だから、こうやって女子を優遇してバランスを取らないと、どんどん男女の格差が広がっちゃうじゃない!!」
「そんなのおかしい!!同じ土俵で勝負して勝ち負けを決めれば公平じゃないですか!!女子ってことは、選ばれたのは、きっと杣口絵里奈さんですよね!!彼女は生徒会でも副会長に過ぎなかったし、ボランティアでも僕のサポート役。評定も僕より低かったはずです。どうして女子だからって、活動実績でも成績でも劣る彼女が優遇されるんですか?絶対におかしい!!」
先生は、一瞬だけ何か言い返そうとしたが言い淀み、そして表情を消した。
「いずれにしても指定校推薦については、もう決定したことです。大谷くんは一般入試で頑張ってください」
そこから先、何を言っても先生は、「決まったこと」という答えを繰り返すだけだった。
今でも、僕はこの不合理な選考結果に納得できない。気持ちを切り替えて一般入試のために猛勉強したつもりだったけど、今日の不合格で、また怒りが再燃してきた。
「なんだよ…もう……」
公園を出るとぶつぶつ言いながら当てもなく歩いていると喉が渇いてきた。ジュースでも買うかと思い目についたコンビニに入ろうとしたが、これも失敗だった。
「あ、一輝くん…」
ちょうどコンビニから出て来た彼女は地味なメガネな黒髪のどこにでもいるような女子高生。しかし、今、最も会いたくない相手。
彼女は杣口絵里奈さん。疑惑の選考で、僕から指定校推薦枠を奪った女だ。
正直、顔も見たくない。僕は不自然に踵を返し、そのまま早足で振り切ろうとした。
しかし彼女は僕の気持ちを察してくれなかったようで、なぜか追いかけて来た。
「待って……、待って一輝くん。ごめん。謝りたくて」
謝りたいって何を?
女だからって、成績でも生徒会活動でも上をいってた僕から指定校推薦枠を奪ったことを?
そんなの謝って何になる?自己満足だろ?
僕は何も答えず、足を速めた。しかし彼女はあきらめず追いかけて来る。
「ごめん。一輝くんと同じ大学に行けたらいいなってずっと思ってたのに、行けなくなっちゃって……」
何だよ!
もう僕が不合格になったこと知ってるのか?それで傷口に塩を塗り込もうって?
文句の一つも言ってやろうと思い、急に足を止めて彼女を振り返ったところだった。
「一輝くん!あぶない!!」
驚愕した彼女の視線の先を見ると、僕たちの眼前に猛スピードのトラックが迫っていた……。




