第16話 自宅療養
急いでギルド本部の広間まで行くと、そこには血と泥に汚れたソフィアが横たわっていた。
「っつ……!!ソフィア!!」
僕は息を飲み、おそるおそる声を掛けてみたけど、彼女は目を閉じたままだ。
「バフで麻酔をかけています。痛みがひどかったので……」
ナディアの声に振り返ると、彼女の顔もまた血と泥で汚れていた。
「いったい何があったんですか?」
「討伐の途中で、アンデッドの大集団が現れたんだ。しかもいつの間にか囲まれて袋の鼠になっていて……。それでもソフィアさんが時間を稼いでくれたおかげで、わたしたちは崖をおりて命からがら逃げられたんだけど、しんがりのソフィアさんは崖から飛び降りるしかなくて、それで……」
「そんな…そんな危険な目に……」
その後、医者を呼んで応急措置をしてもらった。ソフィアは命に別状はなかったけど、左大腿骨と腰骨を骨折しており、治癒魔法を使っても1か月は安静にする必要があるとのことだった。
僕は役所からしばらく休みをもらい、家で療養するソフィアのお世話をすることになった。
◇
「はい。朝ごはんできましたよ~」
僕がベッドまでご飯を運ぶと、ベッドの上で身体を起こして読書をしていたソフィアは、ゆっくりと本を閉じた。
アンデッド討伐で大怪我を負ってから1週間あまり。まだ一人ではベッドを離れて歩くことはできないけど、だいぶ良くなってきたようだ。
「………」
ソフィアは、無言のまま、僕が用意した柔らかく煮たパン粥を食べ始めた。顔色もいいし、食欲もあるみたいだけど少し元気がないのが気がかりだ。
「トイレとか大丈夫ですか?この間みたいに限界まで我慢しないですぐに声をかけてくださいね」
「……ごめん。迷惑かけて……」
「えっ?急にどうしたんですか~?気にしないでくださいよ~夫婦じゃないですか~」
気にさせまいと、なるべく軽い口調で答えたけど、ソフィアは暗い顔のままだった。
「ずっと、お前を守ってやるとか偉そうなこと言ってたのに、この体たらくで情けない……」
「な~に言ってるんですか!この街を守ろうとした名誉の負傷じゃないですか!!いつも僕たちを守ってくれて感謝してます。普段は祈りながら待つことしかできないんだから、こんな時ぐらい助けさせてください」
「カズキ……」ソフィアが潤んだ瞳でじっと見つめてくる。
「あっ、もう口の端にパン粥がついてますよ~」
僕が取ろうとすると、ソフィアは僕を抱き寄せ、突然キスした。
「ありがとう。愛してる……カズキ」
「もうだいぶ元気になってきたみたいですね。よかった。だけど、まだ怪我に障りますから、このくらいにしておきましょうね」
しばらく抱きしめられた後、やんわりと体を離し、まだ名残惜し気なソフィアを残して寝室を出た。
あんなにぶっきらぼうで強気だったソフィアが、ちゃんと愛情表現をしてくれる。弱気になって甘えてきたりもする。
彼女が怪我したことは不幸だったけど、あんなにかわいいソフィアを見られるなんて、ちょっと嬉しい……なんて思うのは不謹慎かな?
そんなことを思いながら、一人で微笑んでいると、急に玄関の呼び鈴が鳴った。呼び鈴だけじゃない。どんどんと激しくドアが叩かれている。
「どうしたんですか?」
玄関を開けると、そこにはエマがいた。あまり話したことないけど、職場の同僚だ。
「申し訳ないんですけど、エリーゼ課長が、カズキさんを連れて来るように言ってまして……」
「ええっ?僕は来週まで看護休暇をもらってるはずですよ」
「課長にもそう伝えたんですけど、どうしても連れて来いって言って聞かなくて……。すみません。お願いします」
寝室の方をチラリと振り返ると、ベッドで読書をしているソフィアの姿が目に入った。
だいぶ回復してきたとはいえ、まだエリーゼは一人でトイレにも行けない。
だから、僕が長時間家を空けるわけにはいかない。だけど、先輩であるエマがこんなに必死になってお願いしているのを無下に断るわけにも……。
「ちょっと顔を出すだけならできますけど、それで大丈夫ですか?」
「いえ、それは…ちょっと……約束できないです」
口ごもるエマの様子を見ながら事情を察した。これは職場でかなりのトラブルが起こっている。どうしよう……。
もう一度、寝室の方を振り返ると、ソフィアが僕の方を見て、こくりとうなずいた。
「あたしなら大丈夫だから、行ってきなさい」
ソフィアの声は小さくてよく聞こえなかったけど、その口の動きからそう言っていることがはっきりわかった。
そうか、寝室まで話が聞こえていたか……。
後ろ髪を引かれる思いがしたけど、職場の様子も心配だ。僕はソフィアの言葉に甘えて出勤することにした。
ただ、家に怪我で寝たきりのソフィアを一人残すのは心配だ。
そうだ!レオンを頼ろう!
ソフィアとレオンは子どもの頃からの古い友達だって言ってたし、きっとソフィアも気兼ねしなくてすむだろう。
僕は、出勤途中でレオンの家に寄り、鍵を預けてソフィアの様子を見てくれるようお願いすると、彼はいつものような爽やかな笑顔で快諾してくれた。
本当にいい人だ。
いつも甘えてばっかりで悪いから、今度何かで埋め合わさせてもらおう…。




