第12話 裸の王様のパーティー
「それじゃあ、新しい仲間、カズキの歓迎と、お前たちの普段の頑張りをねぎらって、かんぱ~い!!」
エリーゼの乾杯の挨拶の音頭で、僕の歓迎の宴が始まった。
ギルド管理課長のエリーゼ以下、課員たち総勢20名が、街で一番大きな酒場、黒猫亭を貸し切り、巨大なビールのジョッキをぶつけ合う姿は壮観だ。
「ほらほら、課長のジョッキが空いてるぞ、すぐにお替わりをお持ちして!!」
気づけば、エリーゼのジョッキが乾杯後の一口で空になっている。テルマに促され、お替わりのビールをエリーゼに渡す。
「おっ、ありがとう」
ジョッキを受け取るや否や、エリーゼはまた一気に飲み干した。
「さすが課長!いい飲みっぷりですね!!」
「かっこいいです!!」
すかさず周囲から称賛の声が飛ぶ。どうやらこの世界では、酒を早く、たくさん飲める女がかっこいいという、平成初期の大学生のような価値観があるらしい。
前にソフィアに聞いた話によると、女の人はバフの力でアルコールをあっという間に分解できるので、悪酔いすることがないのだとか。
つまり、早く、たくさん飲めるということは、それだけ魔力が強いということだ。だったら早飲み・大酒飲みを自慢するのも理にかなっている。
「カズキはいくつなんだ?」
エリーゼにすかさずジョッキにお替わりのビールを渡すと、真っ赤になったエリーゼが僕の方に酒臭い息を吹きかけた。
「はい。今月で20歳になりました」
「お~、じゃあちょうど、わたしと同い年だ~」
「えっ?20歳で、大学を卒業されて、課長になられたんですか?すごいスピード出世ですね!!」
童顔のせいで若く見えるだけだと思ってたけど、実際若いんだ。しかも同い年なのに大学も卒業してる……。
現世で大学入試に失敗して浪人が確定していた僕としては複雑だな…。
しかし、そんな僕の複雑な胸中に構わず、エリーゼは得意げな顔になり、周囲からお追従の声が掛かる。
「あったり前だよ。エリーゼ課長はロマーニャ大学を首席で卒業してんだぞ。しかも剣の腕も彗星流の免許皆伝だし。私らとは生きてる世界が違うんだって~」
僕の右隣に座るのはジョディ。30代後半くらいの課長補佐だ。
「しかも、歴代の元帥、大将を輩出した名門貴族であるウォルフガング家のご出身ですもんね~」
僕の左隣に座る上司のテルマも手を叩きながら調子を合わせる。
「えっ!!すごいですね。スーパーエリートだ!!それがどうしてこの地方に?」
僕が素直に感嘆すると、エリーゼがさらに得意げな表情になった。
「フリッツ叔父様からお願いされてね。本当は母と同じように軍人になるつもりだったけど、どうしても助けて欲しいって頼み込まれて、そこまで言われちゃ仕方ないから、役人としてこの地方に赴任したんだ」
「えっ?フリッツ叔父様ってもしかして……?」
「あれっ?知らなかった?エリーゼ課長はフリッツ知事の姪御さんだよ」
「え~っ!!すご~い」
世の中にはすごい人がいるもんだな~。たしかに同じ世界の人とは思えないや……。
エリーゼの華麗な経歴に圧倒されながら、彼女のジョッキが空いたのでビールのお替わりを渡そうとすると、エリーゼは「ちょっとタバコ」と言って席を立ち、裏口から店を出て行った。
僕たちは、しばらくその後姿を黙って見送っていたが、彼女が裏口から出た瞬間。急に場の空気が弛緩した。
「いや~っ、エリート様をおだてるのも疲れますね~」
「ほんとほんと。叔父の七光りなのに勘違いして威張っちゃってね~」
ジョディとテルマの態度も急に変わった。さっきまで借りて来た猫のようだったのに、急に横柄になった。
「それよりもあの件、話ついた?」
ジョディが、僕の太ももに手を置きながら悪い顔をしてテルマにニヤリと笑いかけた。
「ギルドマスターに話しといた。再来週の課長の視察の時にやってくれるって」
普段は人の好さそうなテルマも、何か悪だくみをしているような笑顔を浮かべている。しかも彼女の右手は僕の太ももの付け根あたりまで伸びてきた。
「ククッ、とうとうあいつの化けの皮がはがれるのか……見ものだな」
「どんな顔するんだろうね…」
悪い顔をした二人に挟まれ、触られ続けることに耐え切れず、僕も「ちょっとトイレに…」と言って席を立った。
◇
トイレから戻って来たけど、ジョディとテルマは、まだ何か悪だくみをしているようだ。
じゃあ他の席に移ろうかとも思ったけど、他の席では、課員がコンパニオンを相手に野球拳をしたり、じゃんけんと関係なく勝手に服を脱いで胸を丸出しにしたりと阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていて、とても落ち着けそうなところがない。
仕方ない。外の空気に当たって時間を潰そう……。
店の裏口から出て、路地裏に出ると火照った体に夜風が気持ちよかった。
ここはちょっと薄暗いけど、きっと店の中よりは治安がいいはず。
このまま終了時刻までここでぼんやり時間を潰すか……。
その時、路地裏のドブのあたりから何か獣が呻くような声が聞こえた。暗闇の中で四つ足の何かがうごめいている。
なんだろう?野良猫……にしては大きいな。残飯を漁りに来た野犬かな?
暗闇の中で目をこらして観察していると、やがてそれが何かわかった。
「エリーゼ課長!!大丈夫ですか?」
「ヴェッ、ヴェ~、オヴェッ」
エリーゼが四つん這いになり、ドブに向かってえずいている。もう吐くものがないのか、泡とよだれを垂らして苦しそうだ。
「どうしたんですか?バフでのアルコール分解がうまくいかないんですか?」
「オヴェ~!!」
顔が真っ青で苦しそうだ。このままじゃ危ないかも。誰か呼んで来よう!!
僕が立ち上がろうとすると、エリーゼが僕のシャツの裾をつかんだ。
「……大丈夫だから…。中の奴らには黙っておいてくれ…」
言葉とは裏腹にすごく苦しそうだ。とても大丈夫には見えない。
僕はそっと手を当ててエリーゼの背中をさすった。
その小さな背中は震えていて、すごく冷たい。
どうしたらいいんだろう?
あっ、そうだ。僕が魔力を流し込んでバフを掛けたらエリーゼのアルコール分解を助けられるかも。
僕はイメージした。エリーゼの背中と僕の手が血管でつながっていて、血潮を流し込むような感じで、僕の魔力をエリーゼに流し込む……。
バフがうまくいったのか、エリーゼはえずくのを止め、その背中も温かくなってきた。
「気分よくなりました……?」
「おっ、おお。すごいな。一気に楽になった」
「じゃあ、お水をもらってきますね。しばらく休んだら中に戻りましょうか?」
僕が立ち上がろうとすると、エリーゼは僕の腕を掴んだ。
「……ここで見たことは誰にも言うんじゃないぞ。わかったな」
エリーゼは僕に凄んだつもりかもしれない。だけど、もはや僕には駄々をこねている子どもにしか見えなかった。




