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第13話 悪だくみ

 僕が配属されたギルド管理課は、役所がギルドに委託する業務を担当している。


 課の中は、担当業務ごとに総務、企画、入札、会計、監査の5つの班に分かれていて、僕は監査班に所属している。監査班では、主にギルドに委託した業務が適切に行われているか視察に行ってチェックする業務を担っている。


 この日、その監査班で非常事態が発生していた。

 僕を含む3名の班員のうち、課長補佐のテルマと、係長のエマが同時に休んだのだ。


「おいっ!!どういうことだ!なんで監査班は誰もいないんだ!!」


 課長席でエリーゼが、企画班のジョディに向かって不機嫌そうな声をあげている。


「エマは計画年休なんですが、テルマはお子さんが急に熱を出したみたいで……」


 ジョディがかしこまった口調で答える。相変わらずエリーゼの前では、いかにも忠実な部下といった態度だ。


「まったくたるんでる!なんでそもそも子どもが熱を出したからって、女のテルマが休むんだ!!そんなの夫に任せておけばいいじゃないか!!」


「テルマはシングルマザーですので……熱を出すと保育園でも預かってくれないみたいですし」


「あいつは今日の現場監査に同行する予定だったんだぞ!エマもいないし、わたし一人で行けってことか?」


「はい……すみません。他の班も、街道沿いに大量発生したアンデッドの対応で手いっぱいでして。できればそうしていただけると……」


 僕が所属する監査班の話だ。思わず課長席の方を見てしまうと、エリーゼと目が合った。


「……しょうがない。残ってる監査班のメンバーはカズキだけか。じゃああいつを連れてくことにする。メモ取りくらいはできるだろ」


 エリーゼの一言にジョディが急に狼狽し始めた。


「あ、あの……現場に男性職員を連れて行くのはちょっと……。一応、モンスターに襲われるおそれもあって危険ですし……」


「モンスターは、ギルドの冒険者が退治するんだろ?わたしたちは見てるだけなんだから問題ない。お~いっ、カズキ!出かけるぞ、40秒で支度しろ!!」


 エリーゼの一言に慌てて準備を始めていると、ジョディが駆け寄って来て僕に耳打ちした。


「……カズキ、もし周りに冒険者の姿が見えなくなったら、すぐにその場を離れるのよ。課長から距離を置いて走って逃げるのよ。いいわね!!」


 ジョディが何を言っているのかわからなかったけど、その表情と声色が怖いくらい深刻だったので僕は黙ってうなずくしかできなかった。



「それではエリーゼ課長と……それからカズキさんには、ゴブリン退治の現場を見ていただきます。よろしくお願いします」


 街道から少し離れた森の中。僕たちは魔女みたいな顔をしたギルドマスターの案内で冒険者たちのゴブリン退治の現場を見学している。


「知ってるか?ゴブリンは小型の亜人種で知能も力も弱いけど、群れで行動して男や子どもを襲うことがあるから害獣種に指定されてるんだ。だから、こうやって役所の委託で定期的に巣の除去をしてるんだ」


 エリーゼが得意げに知識を披露してくる。今日のエリーゼは、ブーツにくるぶしまである革ズボン、長袖の革のジャケットを着ている。だけど、腰に下げた長剣が小柄な彼女には不釣り合いで、少しちぐはぐな印象だ。


 ギルドマスターと、それからビキニアーマーを着た若い女性冒険者たち5人ほど僕たちを護衛してくれている。ソフィアの関係者なら挨拶しなきゃと思って顔を確認したけど、どうやら見知った顔はないようだ。


「おっ?カズキ、好みの若い冒険者でもいたか?それともビキニアーマーに見とれてんのか?知ってるか?バフを使うと体内に熱が溜まるから、それを放熱するためにあんな露出してんだぞ。決してお前ら男に体を自慢するためじゃないからな。ハハッ」


 エリーゼが勘違いしてどうでもいい知識を披露してくる。


 ちなみに僕もバフを使うと体が火照ってしまうから、熱を逃がすためにと半袖半ズボンを買ったら、ソフィアに「はしたない!」と取り上げられてしまった。この世界では男が肌を晒すのはよくないことらしい。


 しばらく歩くと、僕たちは少し開けた丘の中腹に到着した。


「それでは、今日はゴブリンの巣を討伐する様子をご覧いただきます。危険ですのでお二人は丘の頂上からご見学ください。少し離れていますが、開けた場所ですので討伐の様子がよく見えると思います」


 そう言ってギルドマスターは冒険者を率いて斜面を降りて行った。僕とエリーゼは反対に斜面を登る。


 確かにギルドマスターが言う通り、丘の頂上からはあたりを一望できた。あの藁が積まれてるあたりがゴブリンの巣だろうか?ぴょこぴょこ動く小さな影が見える。


 それから冒険者たちが二つの小集団に分かれ、それぞれ迂回しながら、その巣を挟み撃ちするみたいに斜面の上下から迫っていく様子もよく見える。


「カズキ、知ってるか?追い込み猟方式での討伐は、一方がゴブリンを追い立てて、逃げ出る先でもう一方が待ち伏せて、挟み撃ちで殲滅することが一般的だ」


「でも、そんなうまく待ち伏せしてる場所に逃げてくれますかね?ゴブリンが散り散りに逃げたらどうするんですか?」


「ふふん、そんなことも知らないのか~」


 エリーゼが腕を組みながら得意げな顔をしている。


「ゴブリンは慌てると、低いところから高いところへ逃げる習性があるんだ。ほら見てみろ。追い立てる方は斜面の下の方から迫ってるだろ。それでもう一方が高いところで待っていれば、そこにゴブリンが逃げ込んでくるってわけだ」


 たしかに、冒険者の一隊が下から派手に音を立てながらゴブリンの巣に迫り、驚いたゴブリンたちは一直線になって斜面の上の方へ逃げていく。


 あれっ?でもおかしいぞ?

 待ち伏せ部隊がゴブリンが逃げる先の斜面の上にいない。連携がうまく行かなかったのかな?


 そう思っているうちに、逃げ出したゴブリンたちは、どんどん斜面を登ってくる。その斜面の行き着く先は……この丘の頂上だ!!


「あの、課長。ゴブリンがこっちに来るようですけど。逃げますか?」


「い、いや……もう遅い。逃げても追いつかれる。でも大丈夫だ。わたしがここで食い止めてやる。男を守るのは女の役目だからな!!」


 特に逃げ足の速いゴブリン一体が、既に指呼の間に迫っている。


 エリーゼは腰から剣を抜き、丘を登ってくるゴブリンに向かって構えた。剣を構えた姿は堂に入って立派だけど、よく見ると小刻みに震えている。


 やがて先頭を走っていたゴブリンが手に持った棍棒でエリーゼに襲い掛かった。それをエリーゼが剣で受け止める。


「カ、カズキ、逃げろ!! ここはわたし一人で大丈夫だ!!」


 ……いや、口では立派なこと言ってるけど、一撃で倒されて、もう地面に組み敷かれてるじゃん。めちゃくちゃ弱いなこの人……。


 早くもゴブリンに馬乗りになられてガンガン殴られている。


「わ~ん、強いよ~。怖いよ~。助けて~!!」


 さっきまでの強気の姿勢はどこへやら。エリーゼは涙ぐみながら悲鳴を上げ始めた。


 しょうがないな~。


 僕は落ちていた木の枝を拾い、魔力を全身に巡らせバフを掛けながら、エリーゼと、彼女に馬乗りになっているゴブリンにゆっくりと歩み寄る。


「おりゃ~!!」


 気合一閃、木の枝をバットスイングしてゴブリンの頭を一撃すると、3メートルほど吹っ飛び、そのまま動かなくなった。


「あ~あ、一撃で折れちゃった。やっぱ木の枝じゃ弱いな。これ、ちょっと借りますね」


 地面に倒れながら目をぱちくりさせるエリーゼを横目に彼女の手から剣を奪い取る。


 ちょうど、次に登って来たゴブリン2体が僕たちに襲い掛かろうとするところだった。


 バフのせいか暑いな、シャツのボタンを外すか……。

 片手でボタンを外しながら、一体目のゴブリンを片手で一刀両断し、返す刀でもう一体の胴を切り払う。


「すげ~。豆腐みたいに切れる。さすが貴族に剣は違うな」


 ゴブリン3体が瞬殺されたのを見て、続いて登って来た残りのゴブリンたちは怖気づいたようだ。その習性に反して回れ右をして、一斉に斜面を下って逃げ始めた。


「さて…。課長、大丈夫ですか?」


 まだ寝転がったままのエリーゼが目を丸くし、口をぱくぱくさせている。


 棍棒で殴られたのか顔には青あざができている。


「あ~あ、怪我してるじゃないですか。ちょっと待ってください」


 剣を地面に突き刺し、エリーゼの顔に手を当て魔力を流し込み回復を促進させる。前に本で読んだ回復魔法だ。


 ぶっつけ本番だったけど効果は抜群。顔の青あざもすぐに消えた。


「あっ、涙の跡がありますよ」


 僕がエリーゼの頬についた涙の跡をハンカチで拭こうと顔を近づけると、エリーゼが真っ赤になりながら目を伏せた。


「おいっ……胸がはだけてる。はしたないぞ!!」


「あっ、ああ、すみません」


 僕は慌ててシャツのボタンを留めたけど、エリーゼは憮然として顔を背けたまま。


「お前、男なのにバフが使えるんだね……」


「ああ、はい。嗜む程度に……」


「そうか……」


 何か変な空気になっちゃったな。部下で、しかも男の僕に泣いてるところを見られたのが気まずいのかも……。


「すみませ~ん!!大丈夫ですか~?こちらの不手際でゴブリンがそちらに逃げてしまったようで~。ほんと~に何と言ったらよいか~」


 ふもとの方からギルドマスターがゆっくりと登ってきた。ただ言葉では恐縮しているけど、なんとなく、のんびりした口調だ。


 ギルドマスターの声が聞こえるや否や、エリーゼは素早く立ち上がり、地面に刺さった剣を抜いて、天に突き上げた!!


「もちろんだ!!ゴブリンごとき!!わたしが一撃で成敗してやったわ!!アッハッハ~」


 引き攣った顔で高笑いしながら強がるエリーゼに、僕はジトっとした視線を送ることしかできなかった。


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