第11話 お裾分け
「遅くなっちゃったな~。急がないと」
新しい職場に配属された初日は、挨拶回りと簡単な仕事の説明だけだったので定時に帰れた。
ただ僕の正念場はこれからだ。家に帰ってソフィアの食事を用意しなきゃいけない。
「えっと~、パンとチーズとピクルスはまだあったはず。だけど、さすがに何か一品くらいは作らないとソフィアも納得してくれないよな……」
ソフィアからは、家事の手を抜かないことを条件に、役所の正職員になって本省で働くことを許してもらっている。初日から貧相な食事なんか出したら、どれだけ小言を言われるだろう。
しかも明後日の歓迎会に出席する了解ももらわないといけない。だからなるべく機嫌を取っておきたいんだけど……。
ぶすっと不機嫌になった時のソフィアの顔が頭に浮かび、憂鬱になりながら役所の通用口を飛び出した時だった。
「カズキ~」
懐かしい声に足を止めると、そこにはレオンがいた。
「レオン!!どうしたの?」
「図書館に行ったら、カズキが本省への異動したって聞いてさ。遅くなったけど、正職員採用、おめでとう」
「あ、ありがとう…」
祝ってもらえる気持ちは嬉しい。だけど今は一刻を争う時。
あと1時間もしたらソフィアが帰ってきてしまう。その間に食料品店で買い物して、簡単に作れる夕飯の準備をして、入浴用のお湯を沸かして……。
間に合うのか?
「ごめん。レオン。ゆっくり話したいんだけど、今はあんまり時間が……」
「そうそう。もしよかったら、これを食べて欲しくて…」
そう言いながらレオンが差し出したのは陶器でできたポットだった
「ポトフ作り過ぎちゃったんでおすそわけ。ほら。慣れない職場の初日で忙しかったでしょ。夕飯の一品になればなんて思って持ってきちゃったんだけど、迷惑だった?」
ニコニコと微笑むレオンの顔を見ながら、胸に迫り、思わず涙ぐみそうになった。
「ありがとう!!すごく助かる!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。俺も臨時職員とはいえ、司書として働き始めた時は苦労したからさ。もしよければ明日からも、おかずを作って持ってくるよ」
「いいのっ?でも、それは悪いよ……」
「いいっていいって。僕もソフィアに料理を食べてもらいたいからさ。じゃあ、また明日ここでね!」
僕に負担をかけさせまいとしたのか。レオンは多くを語らず、そのまま手を振って帰って行った。
優しい。僕は本当に友達に恵まれてるな……。
◇
急いで家に帰り、お湯を沸かし、ポトフを温めながらチーズを切っていると、ちょうどソフィアが帰って来た。
いつもより早い!!
自分で夕飯を作ってたら絶対に間に合わなかったとドキドキしながらも、平静を装って出迎えると、今日はご飯を先に食べると言われたので急いでテーブルに料理を並べる。
もちろんメインディッシュはレオンにもらったポトフ。二種類のソーセージにじゃがいも、トマト、玉ねぎがコンソメで煮込まれ、酸味の中に、胡椒の辛さがアクセントになっている。
「この味……」
スプーンでポトフを口に運んだソフィアが小さくつぶやいた。
「すみません。お口に合いませんでしたか?」
「いや、何でもない。うん。おいしいよ」
ソフィアは何事もなかったかのように、ゆっくりとポトフを口に運ぶ。ただ、眉間に皺を寄せている。
ご飯を楽しむというよりも、何か思案しているような表情だ。
そうだ。歓迎会のことも了解を取っておかないと。
本当はもっと機嫌が良い時がいいんだけど、あんまり時間がないし仕方ない。勇気を出そう。
「あの、ご相談があるんですけど」
「うん……」
「明後日なんですけど、職場で僕の歓迎会を開いてもらえるらしいです。あまり遅くならないようにするので顔を出してきてもいいでしょうか?」
「うん……」
「それで申し訳ないんですけど、その日は夕飯を外で済ませて来てもらえるとありがたいんですが……」
「うん、わかった……」
あっさり了解されたことに拍子抜けした。
きっと、『あたしのメシはどうするんだ』とか『妻を放り出して自分だけ美味いもの食べるなんていい身分だな』とか嫌味の一つも言われることを覚悟してたのに、いったいどうしたんだろう?
チラッとソフィアの顔を盗み見ると、相変わらず何か思案しているように難しい顔をしていた。
仕事で悩み事でもあるんだろうか?
いずれにしても了解してもらえたことに違いはない。
「ありがとうございます!!じゃあ明後日は歓迎会に行ってきますね。その日は外食お願いします。なるべく遅くならないようにしますから」
後になって「そんなこと言ってない」と前言撤回されないよう、僕は了解が得られたことをはっきりと確認しようとしたけど、ソフィアは「ああ…」とうわの空で答えるだけだった。




