第637話 “ペナルティ”が発生しますよ
朝日は『ゴースト』にも平等に振り注ぐが、ガイエンが収容された『生産戦城』はまだ日が昇る前から“家畜”は就寝牢から出ることを義務付けられている。
「点呼を取ります」
牢屋の前に立つ家畜奴隷達はボードを持った『獣族』『狐』の女の確認が終わると一日の配給を手渡されて作業場へ向かう。
彼女は白い毛を身に纏う『白狐』であり、他よりも目立つ姿をしている。
「……確認が取れました。配給を持って作業場へ。次――」
『白狐』の女は他のことは何も考える様子なく、ただ点呼と配給を配り終える作業を続ける。
家畜奴隷達には特殊な拘束具は存在しない。にも関わらず、現状を受け入れる様に従う様は、彼女の後ろついて回る“フードコートの大男”の存在が大きいのだろう。
「ん? 一人足りませんね……」
『狐』の女は一つの就寝牢の前に立つ面子が少ない事を尋ねた。
「ああ、ちょっと眠りが深いみたいでな」
「“ペナルティ”が発生しますよ。今すぐ起こしてください」
「俺たちの声じゃ起きないんだよ。バイフー、頼めるか?」
「…………はぁ」
『白狐』の女――バイフーは開いている牢の中に入ると軽くベッドを蹴って眠っている家畜奴隷をぶっきらぼうに起こす。
「起きなさい。忠告は一度までです。ペナルティを受けたいのですか?」
そう声をかけるバイフーへ、次の瞬間――投げるように掛け布が放られ上半身を覆った。
横になっていた家畜奴隷はそのまま、バイフーを壁に押し付ける様に拘束すると、無骨な刃物の様なモノを突き付ける。
「ラスモウスは動くなよ! バイフーが死ぬぞ?!」
「…………」
フードコートの大男――ラスモウスは不気味に停止したまま、頭をコキキと傾げる。
外に立つ牢のメンバーは隠していた鈍器を手に持ち、ラスモウスへ一斉に殴りかかった。
「………………」
容赦のない集団暴行。家畜奴隷たちは力の限りラスモウスを痛めつけるが――
コキン――
「え?」
家畜奴隷の一人の首が不自然に180℃後ろを向いていた。
ラスモウスの袖から現れた白い骨の腕が男の首を容易く捻ったのである。そして、フードコートの奥から二つの赤い光が家畜奴隷を見ると――
「う……うごあがが……」
一人の身体が人形遊びの様に歪に動き始め、内部の“骨”が別の意思を持つ様に皮膚の向こう側から飛び出し始める。
その様子は家畜奴隷の“骨”が自ら心臓を差し出すように肋骨が胸を突き破りラスモウスの前で開かれた。
ラスモウスはその心臓を手に取るとフードコートの奥にある口へ運んでグチグチと咀嚼する。
「ひ、ひぃぃい!!」
「うわぁぁぁ!!」
「あ、お前ら!」
残りの二人は牢でバイフーを抑える者を残して逃げ出した。しかし、ラスモウスは一度腕をヒュッと振る。次の瞬間、二人は倒れ込んだ。
「な……なん――」
「ひぁ!? あ、足がぁぁ!!?」
まるで鋭利な刃物で断たれたかのように二人の両足は関節部で切断されていた。ラスモウスはその二人へ歩み寄りながら手をかざす。
パキパキパキ、と音を立てて彼らの骨が自らの心臓を差し出すと絶句を上げるまもなく絶命。ラスモウスはそれらの心臓を回収すると食事の様にフードコートの奥で咀嚼する。
そして、次に牢の中に居る最後の一人に向き直り、歩み寄って行く。
「ラ、ラスモウス! 来るな! バイフーを殺すぞ!」
「…………」
「本当に殺るぞ!」
「勘違いしている様なので言いますが、私も家畜奴隷です。人質の価値はありません」
布越しにバイフーが告げる。男が、黙ってろ! と言った瞬間――バキベキ、と音を立ててバイフーを押さえつける手と刃物を持つ手が反対側に曲がった。
「がぁぁぁあ!??」
男が叫んで居る最中も肋骨が己の心臓を外へ出すかのように内側から盛り上がる。そして――弾けるように内側から切開かれ、男は絶命。心臓が戦利品のように現れると脈打っていた。
ラスモウスはソレを回収し咀嚼。バイフーは自身を覆っていた布を取る。
「五人減りましたか……はぁ。片付けて、他の作業量を調整しないと……」
バイフーは、疲れるようにそう呟くと死体を避けながら牢から出た。そこへ、
「やっほー。朝から早いね、バイフーちゃん♪」
「! マグリート様――」
バイフーは『生産戦城』の統括責任者であり『シングルタスク』の一人であるマグリートへ膝をついて頭を垂れる。
マグリートは周囲の状況を一瞥。
「勘違いした家畜が弾けちゃった感じかな?」
「彼らは収容して一ヶ月の者たちでした。私の監督不行届です。家畜に反骨心を抱かせてしまい……申し訳ありません」
「バイフーちゃんはよくやってるよ〜。だから、お咎めなんてぜーんぜん考えてないからさ♪」
マグリートが手を上げると、死体を回収する家畜奴隷が現れて作業を始める。
「家畜ってさ頭が悪いから。長い時間が経つとわーし達を何とか出来ると思うみたいなんだよね♪ 全然そんな事は無いのにね。だから定期的に解らせないといけないんだよ?」
キャハ♪ とマグリートは口を開けて笑う。この新人五人は他の家畜奴隷に恐怖を思い出させる生贄の様なモノだった。
「ラスモウスもさ。新鮮な肉が食えるって張り切ったよねー。ねー?」
「…………」
マグリートの言葉にラスモウスは無言で佇むが、何処となく肯定している様だった。
バイフーは顔を上げずにマグリートへ問う。
「マグリート様。ご用命でしたらこの様な汚らしい所へお越し頂かなくとも、私の方から承りに伺いましたが……」
「気にしなくていいよー。ちょっとバイフーちゃんに言いたい事があってさ」
その言葉にバイフーは頭を垂れながら冷や汗が流れる。
なにか……粗相をしただろうか……?
この『生産戦城』ではマグリートの一言は家畜どころか『ゴースト』でさえも容易く処理される程の絶対的な権限がある。
「あの奥にね。昨日、“義足をつけた新しい家畜”を入れたんだけどさ――」
マグリートはバイフーの前にしゃがむ様に視線を合わせて、微笑む。そして、その顎に手を添えると、クイッと視線を合わさせ――
「バイフーちゃんは大丈夫だと思うけど、他がその“家畜”に感化されたのを見た時は……すぐに教えてね?」
コキっと首を90℃傾けて口を開けて嗤うマグリートにバイフーは恐怖を抱きながらも、はい……と頷いた。




