第638話 地下奴隷
「…………」
マグリートに言われた就寝牢の前にバイフーとラスモウスは立つ。
中に座っているのは、義足をつけた『獣族』『狼』の男。義足は膝から先が消滅する様に抉られてるが、補強する様に木の棒を布で固定して高さを合わせていた。
「…………おはようございます」
壁に背を預けて座るように眠っている『狼』の男へ、まずは格子の外から声をかけた。
すると耳が動き、次に目が開くとバイフーを視認する。
「……おはようございます。『白狐』のお嬢さん――」
『狼』の男は立ち上がろうとしたが、普段とは足先の感覚が違うからか、壁に手をかけながら不器用に起き上がる。
「失礼……少々お時間を頂きたい」
「ラスモウス様の機嫌が変わらない内に立ち上がる事をお勧めします」
「…………」
ラスモウスの異質な雰囲気を感じ取ったのか、『狼』の男は少し無理して起き上がり、バランスを取りながら何とか立ち上がった。
「マグリート様から伺いました。貴方は昨日に連れて来られた“家畜奴隷”だそうですね。名前を伺っても?」
「ガイエン・ヒュノスティエラです。以後、お見知りおきを」
いつもの所作で立とうとするガイエンであったが、慣れない足先に少し転びそうになった為に再び壁に手をつく。
「…………私はバイフーです。歩行はできますか?」
バイフーがそう言うと、ガイエンは少し震えながらも格子の前に歩いて来て見せた。
「もう少し、慣れる時間が欲しい所です」
すると、ラスモウスが格子を開け、中に入るとガイエンの前に見下ろす様に佇む。
「…………」
「……貴方からは血の臭いが凄いですね」
「…………」
視線を向けてくるガイエンにラスモウスは興味を無くしたのか、牢から出るとバイフーを置いて歩いて行った。
「あの方は生物ではありませんね」
「ガイエン、貴方は作業奴隷として働いてもらいます」
と、バイフーから投げられる今日一日の配給をガイエンは受け取った。
「着いてきてください。作業場に案内します」
「まだ歩行は不慣れなのですが」
「後に続きながら慣れてください。遅れたらその時点でペナルティが発生しますよ」
「ペナルティ?」
問いには一切答えずにバイフーは淡々と自分の仕事だけをする様に壁沿いを歩いていく。
「…………」
ガイエンはバイフーの背に微笑むと、慣れない足のバランスを壁に手をついて補助しながら彼女の後に続いた。
拘束も魔力制限もかけられない。
『ゴースト』は私達を侮っているのか、それともそうなったとしても容易く抑え込めると思っているのか……
昨晩、殺された同胞たちの事を忘れたつもりはない。だが不慣れな足では戦うどころか、走る事も困難な状況だ。加えて全く情報が無い以上は単独での決起は危険……
ウェア、ユバンズ、ケーラ、ミクク、トース、ヨルダ……貴方達の護ろうとしたモノは私が護ります。そして仇も……必ず……
「バイフーさん」
歩行のバランスを大体掴んだ私は壁を離れて先に進む彼女の背に少し遅れて続く。
「色々と質問をしたいのですが……」
「…………」
彼女は答えない。まるで、会話など意味が無いと言うように淡々と目的地へ向かう。
時折、監視する別の『ゴースト』から蔑みの目を向けられるが、特に何か言われることはなく、“巨大な穴”の前へ案内された。
「ノーマン、居ますか?」
「おー、その声は点呼の時も聞いたなぁ〜」
大穴の底から声が聞こえる。
上からの光がまともに当たらない闇に、ぽっ……と灯りが見えると、覗き上げる様に『吸血族』の男がランタンを片手に現れた。それなりに年配のようだ。
「新人です。足は不自由ですが、体格は地下作業向けなので使ってください」
「確かにガタイはいいが足が不自由って……おい、説明は終わりかよ!」
バイフーさんはそれだけを言い残すとスタスタと歩いて去っていく。
「相変わらず『シングルタスク』の機嫌を取る以外は興味がねぇヤツだ……おい新人!」
私は大穴の底へ視線を戻す。
「お前、名前は?」
「ガイエン・ヒュノスティエラです」
「面倒だからガイって呼ぶぞ! 足が不自由でも降りては来れるだろ? 近くの梯子を使って下に来い!」
そう言うとノーマンさんの光は奥へ消えた。一人にされたが……今は……とにかく情報を集めなければ。
「……梯子……というよりも降下ロープですね」
大穴へ降りる縄梯子は……足をかける部分がボロボロで梯子としては機能していない。
ロープを降りるように握り、地の底へと行く。
『戦城』の内側に存在する事もあり、大穴の底は日中でも光は殆ど通らないのだろう。
下まで降りきると高い湿度を感じられ、不快感がまとわりつく。加えて、凸凹な足場に何度も転びそうになるが、壁際を歩くことで倒れ込まずに済んだ。
「……それにしても……」
暗い。目が慣れれば見えると言うレベルではない。この環境に適応した生物でなければ全体を見通すことは出来ないと思わせる程の闇だ。
すると、不意に角から現れる様に光が出てきた事で咄嗟に身を低く。
「っ!」
「っと!」
向こうも驚いた様に身を引いたが、次にカンテラの光をこちらに近づけ来た。
「……知らん顔だな」
灯りが近いため、こちらも相手の顔が確認出来た。『吸血族』の女の子がカンテラを掲げてくる。
「綺麗な身なり……新人かな? 運が悪いねぇ、こんなトコに落とされてさぁ!」
そう言いながら、彼女はバシバシ背を叩いてくるとバランスを崩しそうになったので思わず壁に手をついた。
「ん? あー、なるほど。義足かぁ」
次にカンテラを下に向けて義足を有無を確認してくる。
「私はガイエン・ヒュノスティエラと申します」
「お、そうなん? ボクはカリストね。下の名前は知らん。親は『ゴースト』の食肉になったらしい」
「それは……お気の毒に……」
「お気の毒ぅ? ははは、アンタ面白いな。名前長いからガイって呼んで良い?」
「構いません。私はカリスト君と?」
「ははは。カリストでいいよ。見たところ、アンタはボクより年上っぽいし。けど、新人ならここじゃボクの方が先輩だかんね」
少しだけ彼女の価値観にズレを感じつつも、その笑顔は無理をしているモノではなかった為、釣られて笑みで返す。
「とりあえず、皆のトコに行こうぜ! ここは暗すぎるからさ!」
ついて来い、後輩! とカリストは意気揚々とそう言うと、カンテラて先を照らして案内してくれた。




