第636話 我は『ロイヤルガード』の一人
ガイエンは咆哮の様に叫ぶと、『クイーン』へ向き直り突撃を仕掛けた。
「『クイーン』!!」
仲間を嘲笑い、その命を何とも思っていない『クイーン』の所業……ここで自分が終わらせなければならない。
“怒りは驕りの次に己の行動を縛るわ。失くすなとは言わない。心の奥に沈めて、ここぞと言う時に解放しなさい”
銃の扱いを学んだ時に言われたサリアの言葉はガイエンの中でも深く残っている。
ガイエンの動きは一見すると、感情的な暴走に見えが、怒りを胸に置きつつも視野は広く『クイーン』を討つために全体の様子を把握していた。
『クイーン』が嗤う。
『シングルタスク』が動く。
各々でガイエンにアプローチが行われ、ソレを逆手にとって『クイーン』を討とうと意識した瞬間――
「――――」
ガイエンは唐突に意識が明滅し、大きく倒れ込んだ。
「ぐ……これは……」
何とか意識を繋ぎ止め、肘を立てて起き上がろうとするも、次の瞬間には完全に意識を失い完全に停止する。
「ちょいと失礼しますよ」
唐突なガイエンの停止に対する答え合わせをする様にその場へフリードが現れた。
その姿は能力を行使したのか、僅かに“陽炎”が揺らいでいる。
「フリード。貴方は謁見を許されていません。『クイーン』の御前です。己の立場を勘違いしているのであれば、この場で死んでもらいますよ?」
『バトラー』が丁寧な口調で言いつつ、片眼鏡の奥にある瞳は鋭くフリードを捉える。
他の『シングルタスク』も唐突に割って入ったフリードに警戒のアンテナを張った。
「フリード。お前の事は家畜の中でも比較的に使える方だと信頼しているわ」
「嬉しい言葉です、陛下」
「けれど……私の楽しみを邪魔した事実は頂けないわね。わざわざ『王の間』に許可なく入った理由も、ついでに教えてくれる?」
ニコッと『クイーン』は微笑むが、何か一つでも不都合な事を言おうものなら、トレーカートに乗った箱の中身の様になると示唆する。
「俺は雇用主を守っただけですよ。『クイーン』様からは『解放軍』の十倍の雇い金を受け取ってますからね。プロとしては貴女様が万が一でも傷が着く可能性は許容できないんですわ」
「私に危機があったと?」
『バトラー』と『シングルタスク』達がフリードに不審な目を向ける。その目は自分達がいる以上、『クイーン』に触れることすら叶わないと告げていた。
「ガイエン・ヒュノスティエラを甘く見ない方が良いですよ。『クイーン』様がタイマンならあっさり勝負が着いてたでしょう。しかし、この場は複雑になり過ぎています」
フリードは説明する様に続けた。
「『シングルタスク』の存在により盤石に見える状況ですが……故にそれらの要素を使って『クイーン』の命が脅かされる可能性がありました」
「あり得ねぇよ」
ゼブルが鼻で笑う。
「ゼブルの旦那。アンタの能力は集団戦では最強です。だが、防御となるとかなり場所を選ぶんじゃないですか? ましてや『クイーン』様の『戦城』でガスなんて使うモノじゃないでしょう?」
「…………」
「ガイエンは義足とは言え、その動きは変幻自在。動きを捉える前にマグリート様が盾にされる可能性は十分にありましたし」
「……そうかなー」
「可能性の話です。シファドの旦那に『バトラー』様は『クイーン』に近すぎました。ガイエンの動きを追った場合、攻撃できずに『クイーン』の御身を護りきれなかったかもしれません」
「…………」
「フリード、それは全て推測ですよ?」
『バトラー』はフリードの横入りを否定する。
「最初に言ったでしょう? 俺は僅かな可能性も見逃せない。貰うモンを貰ってる以上は、中途半端な事はしないのが俺の流儀でしてね。完璧に潰すのがこの選択肢だったんで」
フリードは倒れたガイエンを踏むように背に足を乗せる。彼の傭兵として行動原理は『戦城』にいる者には考えの及ばないモノだった。
「それならば、ガイエン・ヒュノスティエラを殺した方が確実ではなくて?」
そんなフリードへ『クイーン』は見下ろすような視線を向けて告げる。
「『クイーン』。お言葉ですが、ガイエンはまだ生かしておいた方が良いと思います」
「それは何故かしら?」
「家畜どもにとって、【雪獣】ガイエンは旗印だからです」
フリードを説明する様に続ける。
「家畜にとって『解放軍』総司令ガイエン・ヒュノスティエラは最期の希望。ソレが断たれたとなっては『ゴースト』全体の生産性に影響が出ます」
『戦城』に囚われている家畜奴隷たちは、『解放軍』と【雪獣】ガイエンが居る故に希望を持ち、生きようする。
「もし、ガイエンが死んだと内外に伝われば家畜どもは一斉に生きる意味を失い、自死する者も大量に出てくるでしょう」
家畜は取るに足りない脆弱な存在。
『ゴースト』の中ではソレが共通理念故に、フリードの告げる可能性は十分に考えられた。
「『永遠の国』へのアプローチを控えてる現状、家畜どもの意欲を失わせると言う事は、些か不都合かと」
「フリード……私に家畜どもの機嫌を取れと言っているのかしら?」
ビリッ……と本日一番の殺意がフリードへ向けられる。
「その様に受け取らせてしまったのでしたら申し訳ありません。ですが建設的に考えて頂きたいのです。ガイエン・ヒュノスティエラが家畜奴隷に堕ちる。先程のガイエンの行動を見れば、コイツが家畜どもにどんな行動を取るのか想像できるでしょう」
『王の間』にて、家畜どもを終始庇ったガイエンの行動は疑いようがない。
現状に折れて、絶望し、無気力に死のうとする家畜奴隷の問題は年々上がっていた。ガイエンはそれらの者たちを必死に止めて生きることを促すだろう。
「ソレはコイツが生きていてこそ価値があります。加えて『解放軍』へも牽制となり、状況によってはガイエンを助ける為に家畜奴隷に身を落とす奴も出てくるハズです」
「…………」
「『クイーン』、家畜の言葉です。あまり鵜呑みには――」
「ガイエン・ヒュノスティエラを生かして置くだけで『ゴースト』への利は相当なモノと言う事ね?」
『クイーン』の問いにフリードはガイエンを真似るような所作で胸に手を当ててお辞儀をする。
「聡明な『クイーン』でありましたら、絶対にご理解をしていただけると思っていました」
「『バトラー』、ガイエン・ヒュノスティエラを『生産戦城』へ連れて行きなさい」
「『クイーン』……納得致しかねます」
「大丈夫よ」
次の瞬間、ガイエンの義足の脛から下が抉れるように消滅した。
「どれだけ吠えようとも、自らで立てなければ脅威では無いわ。それに、生かしておくのは『永遠の国』を潰すまでの間だけで良いもの」
「……『クイーン』の御心のままに」
『バトラー』は納得行かない様子だが、『クイーン』の意向は彼らの中では第一に優先されるモノ。そして、改めて視線をフリードへ向ける。
「フリード、忘れるな。【死期】フェゴールが常にお前たちを狙っている。お前が持ちかけたこの件が謀りであった時、『オベリスク』はおろか、この世界でお前たちが翼を広げることは叶わぬと知れ」
「勿論、ソレは何よりも心得てますよ」
「ぐっ……」
『生産戦城』へと運ばれたガイエンは引きづられるように家畜奴隷の就寝牢へと投げ込まれた。
「コイツが『解放軍』のボスだってよ」
「義足のクセにか? ネタだろ。あっはっはっは」
格子のが閉まる音ともに、『ゴースト』達は去っていく。
「…………これは立つのが難しいか」
ガイエンは仰向けに姿勢を変えると、義足の状態を見て近くに補強できるモノが無いかを探す。
「…………」
牢屋の中では一人だった。何とか出来るような道具などは無く、ただ格子から差し込む冷気と月明かりだけが存在している。
「まだ生きていると言う事は……ギリギリ……綱を渡っている最中……か」
ガイエンは目の前で殺された同胞たちの事を思い出す。
家族の為に色々なモノを裏切った彼らの決意を『クイーン』は終始踏み潰して笑っていた。
「ヒュノスティエラの行く末が……アレであったと思うと恐ろしい限りだ」
『クイーン』は絶対に討たなければならない。
ウェア、ユバンズ、ケーラ、ミクク、トース、ヨルダ……貴方達の仇は必ず討ちます。
“『解放軍』総司令ガイエン・ヒュノスティエラだな?”
「!」
その時、どこからともなく声が聞こえ、ガイエンは咄嗟に聞こえないフリをした。
周囲には誰もいない。敵の罠である可能性も入れて押し黙る。
“警戒するな。我は『ロイヤルガード』の一人、ライム。【夜王】ネストーレ様の命より『戦城』の調査を行っているのだ”




