第635話 何をブーブー喚いているの?
トレイカートに乗せられてケーラ、ミクク、トースの三人の前に現れたのは六つの箱だった。
全て同じデザインであり、手の平に乗せるくらいの大きさの物が目の前に置かれる。
トレイカートを運んできたマグリートの部下は場に一礼して離れて行った。
「家畜の番号振ってるでしょ? 自分のヤツをオープンしちゃってねー♪」
三人は箱に近づき、手を伸ばすと恐る恐る開けた――
「うっ……」
「うぁ……」
そこに入っていたのは彼らの“家族”の心臓だった。自分の身内なら解る部位も一緒に入っており、心臓の持ち主は死んでいる事を間接的に伝えている。
「なんだ……『クイーン』!! これはどう言う事だ?!」
トースが叫ぶ。彼への箱には母の心臓とアクセサリーの着いた耳が一緒に入っていたのだ。
「俺たちを……解放すると約束しただろう?!!」
「したでしょう? 家畜じゃなくて肉になったんだもの。何をブーブー喚いているの?」
「ふざけ――」
『クイーン』が、ふっ、と意思を向けた次の瞬間、トースの顔半分がまるで抉られる様に円形に消滅していた。
「耳障りな鳴き声は嫌いよ」
「あ……が……総……司令」
「トース!」
ガイエンは咄嗟に彼に手を伸ばす。
だが、まるで空間を抉るようにトースの身体は円形に削られていくと、僅かな部位だけを残し、その場に肉片となって飛び散った。
「…………」
ガイエンはヒトとしての最期さえも迎えられなかったトースの結末に怒りを抑えて震えながら『クイーン』を睨む。
「勘違いをしないでちょうだい。お前達は私達と対等では無いのよ? 私の望みを叶えて始めて、お前達の望みを見当するの」
『クイーン』はガイエンからの視線さえも蔑む様に鼻で笑う。
「そうね。『解放軍』はもうおしまい。次は『永遠の国』を壊してきて貰うわ」
「! そんな事は無理だ!」
「そうよ! あの国に入るなんて――」
次の瞬間、ミククの片腕がいつの間にか削られる様に消滅していた。
「あ゛ぁぁぁぁ!!?」
「ミクク!」
「あら、片腕がなくなっちゃったわね? 『永遠の国』で治療してもらわなきゃ」
ふふ、あははは! と『クイーン』は目を見開いて狂った様に嗤う。
ケーラはミククの上腕を縛って止血を施していると、二人を護るようにガイエンが前に出た。
「些か、耳障りですね」
「貴方もそう思う? 不詳の子孫」
「ええ。貴女の笑い声はとても耳障りです」
その言葉に『クイーン』の表情はピタリと止まり、冷やかな笑みを浮かべながら丁寧な所作で立つガイエンを見る。
「『クイーン』、此度は謁見の機会をありがとうございました。我々はミククの治療の為に下がらせて頂きます」
胸に手を当てて丁寧なお辞儀をするガイエンは『クイーン』に背を向けると、ケーラとミククへ語りかける様にしゃがんだ。
「総司令……」
「総司令……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝る必要はありませんよ」
涙ながらに自分達が間違っていた事を二人は心から謝るが、ガイエンは笑みを浮かべて全てを受け入れる。
「スティリナ・ヒュノスティエラ……だったかしら?」
『クイーン』がその名前を口にする。
「お前の妻よね? 子が居ないお前にとって最も大切な家族……最愛の存在」
「そうですが、なにか?」
ガイエンは立ち上がり『クイーン』へ向き直る。
「もし、その家畜がその箱に入るくらいにされたらお前はどんな表情を見せるのかしら?」
「ふっ……」
ガイエンは思わず笑った。その様子に『クイーン』の眉がピクっと動く。
「何が……可笑しいの?」
「失礼。あまりにも滑稽すぎた故に失笑を抑えきれませんでした」
「滑稽……?」
「スティリナ・ヒュノスティエラは私よりも“強い”ですよ。私を捕らえた程度で『解放軍』の底を計った気で居るのであれば――」
ガイエンは真っすぐ、『クイーン』を見上げて告げた。
「貴女達は後、一週間と保ちますまい」
「ふふふ……ふふふはは……アッハッハッハ!!」
『クイーン』の笑い声が王の間に響く。空気が震えるようにビリビリとした感情をガイエンは感じる。
「ハッハッハ……そう。それはとてもとても……面白いわね」
次に『クイーン』が向ける表情は笑っていなかった。
心底侮辱された事に対する怒りを押し込めて押し込めて……押し込めた表情でガイエンと視線を合わせる。
「それじゃ、貴方はもう要らないわ」
その言葉にガイエンは『クイーン』と『シングルタスク』へ視線と気配を配る。
『高機動戦闘義足』でない以上、正面からの力押しでは無理だ。だが、場を覆す要素は周りに存在している。
ゼブルの持つガス、『クイーン』の攻撃を誘導させる、マグリートを拘束する、など自身に注意を引きつけた上で敵の相討ちが最も有効な手であると考える。
「…………」
しかし、その難易度はシファドと『バトラー』の存在によって跳ね上がっていた。もっと『クイーン』を挑発して攻撃を誘発させれば――
その時、ケーラとミククの前にナイフが放られる。
「そこの家畜二匹。ガイエン・ヒュノスティエラを刺しなさい」
『クイーン』は二人にそう命令を下す。二人は躊躇っていたが――
「お前達の大切な家畜は、もう片方残ってるわ。ガイエン・ヒュノスティエラを刺すならまとめて解放してあげる」
「…………」
その言葉にケーラはナイフを手に取り立ち上がる。
「……総司令……」
「ケーラ、君の思うままに行動すると良い」
それでもガイエンはケーラを批難する事無く、微笑み返した。ケーラのナイフを持つ手に力が入る。そして――
「うおおおお!!」
「!」
ケーラはガイエンを通り抜け、『クイーン』へ向かって特攻仕掛けた。
「『クイーン』! お前だけは――」
「はぁ……」
次の瞬間、ケーラの胴体は円形に削られる様に消滅。頭、両手、両脚だけが胴体を無くした人形の様に散らばる。
「――――ケーラ……」
ガイエンは感傷に浸るまもない。ケーラの腕からナイフを拾った『バトラー』が次にミククへ投げる。
「次、お前よ」
「…………」
ミククは震えながら残った片腕でナイフを持つと立ち上がった。
「……総司令」
「ミクク、私を刺しなさい。貴女だけは……家族と生きて帰るのです」
「……私達が間違っていました。希望は――」
ガイエンは咄嗟にミククへ駆け寄る。彼女はナイフを自分の首に差し込んだのだ。
倒れるミククをガイエンは支えるように抱き寄せた。
「ミクク!!」
「希……望は……貴方……でした……皆の……家族を……“解放”して……くださ……」
彼女の手から力が失われる。握っていたナイフが地面に落ち、ガイエンはゆっくりと彼女を横たわらせ、目を閉じてあげた。
「はぁ……所詮は家畜ね。教育したつもりでも全然で言うことなんて聞きやしない」
「『クイーン』!!」
ガイエンが叫び、『クイーン』が嗤う――




