第627話 いつ見ても最高だぜ!
『シングルタスク』の中でもゼブルは殺戮に対する執着が異常に強く、より多くの命を殺せる手段として『ガス兵器』の使用を専門的としていた。
「ヒャッハッハッハ!」
紫色は『睡眠』。赤色は『昏倒』。緑色は『毒殺』。
現在『地下居住区』へ流しているガスはゼブルが調合したモノであり、彼の匙加減で毒性は“有”にも“無”にもなる。
しかし、現在の色は“緑色”。眠り、動かない者たちでは成す術もない。
「これだよ、これこれぇ! お前らも経験あるだろぉ? ガキ頃に興味本位で蟻の巣に水を流し込んだ経験がよぉ!」
ゼブルが高笑いする間も緑色のガスが『地下居住区』へと流れ込んで行く。
周囲に薄く流れるモノを吸った市民でも老人や子供は吐き気や目眩を引き起こした。
比較的に症状が浅い兵士たちが布などでなるべく吸わないように身を低くさせ介抱を行う。
「命を潰す感覚は、いつ見ても最高だぜ! ヒャッハッハッハ!!」
「――――」
次の瞬間、ガイエンはゼブルの足蹴をひっくり返す勢いで無理矢理に起き上がると、そのまま襟首を掴んだ。
「今すぐ! ガスを止めろ!」
「はぁ? 必死かよ。離せや」
「ガスを止めろと言っている!」
だが、次にガイエンが感じたのは疼痛。ゼブルの抜いた懐剣の刃が脇腹に入り込んでいた。
「家畜ごときが俺に触んじゃねぇよ」
「ぐ……」
刺された痛みはあるが、それ以上に身体が痺れる様な感覚にガイエンは力が抜け、膝をつく。
これは……毒か?
そこへ振り被ったゼブルの拳が頬へ叩き込まれ、仰向けに倒れた。
「総司令!」
「はぁ……もう面倒くさくなって来たぜ。もう、全滅させて終わらせるか」
「この場所に長居は良くないぜ」
その時、バサっと羽音が聞こえ、茶色い羽根がその場に舞い落ちる。
全員がその人物を見上げると希望の目を向けた。
「フリードさん!」
「フリード隊長!」
『飛行部隊』隊長――フリードは近くの建物の屋根に降り立ちながら眼下の様子を伺う。そして、
「フリード……君……」
「…………悪いな、ボス」
その時、ドンッ! と巨大な籠が落ちてきた。
ソレは『飛行部隊』が使う“飛行籠”。本来なら物資の移送や人員を空路で運ぶ目的で使用される。
何故、ソレをここに持ってきたのか?
困惑する者たちの中でいち早く気づいたのはガイエンだった。
「まさか……」
フリードの近くにレイヴンも舞い降り、他の『飛行部隊』の隊員も順次見下ろす様に周囲の建物の屋根の上に降り立つ。
「ホントに考えがおめでたい家畜どもだぜ! お前らの中に裏切り者が居ないとでも思ったのかぁ?」
ゼブルだけが勝ち誇った様にそう言うと、ウェアを介抱していた仲間たちが倒れたガイエンを抱えて“飛行籠”に乗せる。
「総司令……すみません……」
「…………」
ガイエンは何も言わず抵抗も出来ない。毒は思った以上に彼の身体を縛り付けていた。
ゼブルも乗り込み、レイヴンの『重力魔法』で“飛行籠”は浮かび上がる。
「残りの家畜共はよーく考えとけ! 『クイーン』の為に家畜になるか、踏み潰されるかをよぉ! 俺としては抵抗してくれていいぜ? その方が楽しそうだからなぁ! ヒャッハッハッハ――」
『飛行部隊』が護衛の様に付き添う“飛行籠”はガイエンを連れ、空へと離れて行った。
「…………」
「…………」
クロエとカナリアの睨み合いは今も尚続いていた。
現状の主導権は狙い撃つ狙撃手側にあり、クロエからすれば片時も集中力を乱せない状況である。
故にカナリアはあえて引き金を引かずに硬直を選んだ。
ここは狙撃手の領域。剣士の間合いではない。だからこそ、狙撃手としての優位性を強く使ってクロエの攻略に入ったのだ。
その集中はどれだけ保ちますか?
弾かれた時は驚いたが一つでもズレが生じれば二人が死ぬ状況に変わりない。
カナリアは彼女達の喉元にナイフを突きつけている状態と同じだった。すると、
『カナリア、こっちは終わった。お前も退却しろ』
フリードからの魔石通信。カナリアは構えを続けたまま、応じる。
「牽制を続けます。まだ師匠の射程外ではありませんよ」
『結構離れたと思ったんだがな』
「私に構わずに退却を」
『…………死ぬなよ』
「ええ。フリードさんも」
魔石からの声が消える。カナリアは再び、クロエへ意識を向けた。
この常識を超えられますか? 【水面剣士】――
カナリアは期待している。もし、この状態を覆せるのなら一体どんな運命を見せてくれるのか。
グリップを握る手をほぐし直したその時だった。
「――――」
クロエが横へ跳んだ。
射線が開く。何かを考えてる間は無い。カナリアはサリアへ引き金を引いた。
薬室で雷管を叩かれた弾丸は、弾頭を射出し銃身内部の溝に沿って回転。貫通力を生み出しながら真っすぐサリアへ向かって――
「――師匠!」
カナリアは笑う。
サリアによるカウンタースナイプ。その狙いが噛み合い、弾丸は空中でぶつかり合って砕け散ったのだ。
咄嗟に起き上がった上に肩を負傷しているのに……射線にブレが全く無い。やはり師匠は私の遥か先に居る。
しかし、カナリアとサリアでは決定的に違うモノがあった。
カナリアは『風魔法』にて、周囲の雪を舞わせると雪煙で姿を隠す。
「貴女とは違って私は地形を選びませんよ」
『鳥翼族』としての利点。それは、空から狙撃が可能という事だ。
雪煙を尾引く様にカナリアは狙撃銃を構えたまま横移動で飛行し、サリアを再び視界に捉える。
すると、サリアは元の位置から動かず、カナリアの姿が現れてから銃口を向ける動きを取っていた。
「遅いですよ。師匠」
空中狙撃は身体を固定出来ない為、目標に当てるにはかなりの難易度を必要とするがカナリアは天才だった。
空中狙撃に必要な補正すべてを感覚として把握しており、この一射は確実にサリアを撃ち抜くと確信する。
「――――」
銃声が響き、サリアは崩れ倒れる。それがカナリアの見た運命だった。しかし、弾丸はサリアの肩――服を僅かに掠めた程度で外れていた。
「――なっ……」
“外れた程度で動揺しない”
読唇術でそう読み取った次の瞬間、銃声と同時にサリアの弾丸がカナリアの肩を撃ち抜く。
「――――師匠」
更にもう一発鳴り響いた瞬間、翼に痛みが走る。翼を撃たれた……滞空維持出来ずに落下を始める。
「っ……」
叱咤された事に呆けていたが何とか落下速度を殺すも、建物の一つにぶつかり、跳ねるように積雪の場所へ落下した。
「何故……」
外れたのか?
空気抵抗も、姿勢も、呼吸合わせも、完璧な一射だったハズ……
疑惑に思考が埋め尽くされるカナリアはよろよろと起き上がると――
「それ以上、銃口も持ち上げる事はオススメしないわ」
目の前でクロエが剣の切っ先を向けていた。
その後ろで狙撃銃を構えつつ現れたサリアは、やれやれ、と嘆息を吐いて銃口を上に向ける。




