第626話 ヒャア! 我慢できねぇ!
紫色の煙が内部から立ちのぼる『地下居住区』入り口。
その前に立つのはガスマスクを着けて顔を隠した五人だった。
「総司令ガイエン! 聞こえているか!? 聞こえていないのなら部下から伝えろ! 『地下居住区』内に居る市民及び……お前の部下を救いたければ大人しく身柄を『クイーン』に差し出せとな!」
彼らは『ゴースト』ではなかった。
加えて、これだけの事を迅速に起こしたとなると、外からの雇われでもない。
つまり内部の事情に詳しく、部隊の配置や情報を深く知る――元『解放軍』の者達なのだ。
「もう一度言う! 総司令ガイエン! 『地下居住区』の者たちを助けたければ、その身を差し出せ!」
「…………」
ガイエンは迷わず出て行こうとすると、前に居る市民達がソレを止めた。
「ガイエン様……行ってはなりません」
「貴方は『解放軍』の……私達の希望です……」
「俺が貴方と偽って出て行きます! 同じ『獣族』『狼』ですし、足甲の装備も擬態できます! アイツらも……こちらの意図は汲んでくれるハズです!」
『クイーン』による奸計である事は誰もが分かっていた。彼らも大切な者を護るためにこんな事をしているのだと。
相手に悟られない様に壁になる者達と説得する者達からの声にガイエンは――
「私にとっての“希望”は『解放軍』です。そして、『解放軍』に集った者は私が護るべき家族なのです」
それはこの場、『地下居住区』、そして目の前で凶行を犯そうとしている者達全てを指していた。
「この身一つで大勢を救えるのなら、考える必要はありません」
「ガイエン様……」
「総司令……」
「ボス……」
「道を開けてください」
ガイエンがそう言うと自然と目の前が開ける。しかし誰もが明るい表情ではない。
そんな彼らを不安にさせない様にガイエンの歩みは僅かにも躊躇わない。
「久しぶりですね。ウェア」
一番前に出るとリーダー格の男の名前を飛ぶ。ガスマスクで顔を隠しているが、ガイエンは仲間の声を忘れたことは無い。
「ユバンズ、ケーラ、ミクク、トース、ヨルダ。よく、私を訪ねてくれました」
ガイエンは六人を責めるどころか、優しく笑いかけながら言葉を向ける。
「……総司令……すみません……俺たちは……」
「貴方たちは何も悪くありません。家族を危惧する想いは私も痛いほど良く分かります」
「…………」
「『地下居住区』へのガスはどの様な効果が?」
「……眠っているだけです。このまま貴方が拘束されて来てくれるなら……“毒”にはなりません」
「では」
ガイエンはウェアの言葉を迷いなく信じ、両手の拘束を促すように差し出した。
ウェアは枷を持って近づくが、どうしてもガイエンに枷をかける事が出来ない。
「…………」
「ウェア。貴方達は貴方達の家族を救いなさい」
「……総司令……俺は……」
「おいおいー」
すると、近くの屋根の上からずっと様子を伺っていた男が声を出した。全員の視線が一斉に向くと、その男もガスマスクを着けている。
「奴隷の分際で、なに躊躇っちゃってんの?」
「ゼブル……」
ゼブルと呼ばれたガスマスクの男は屋根の上から飛び降りると、ウェアに近づきその頬を殴りつけた。ガスマスクが飛ぶ。
「うぐっ!?」
「ゼブル様だろうが! 奴隷家畜の分際で! 呼び捨てにしてんじゃねぇぞ! オラァ!!」
倒れ込んだウェアを何度も踏みつけるようにゼブルは容赦なく暴力を見舞った。
怒りは異常なまでに加減を知らず、ウェアは蹲って耐える事しか出来ない。
「わかってんのかぁ?! ああ?! ああんん!?」
「お前たちの目的は私だろう?」
ガイエンは誰も止められないゼブルの腕を掴み、強制的に踏みつけを止めさせた。
「おいおいおい、おい!!」
しかし、ゼブルは振り返るとガイエンの腹部に拳をめり込ませた。ドムッ! と肉を叩く鈍い音が響く。
「ぐ……」
「はっ!」
苦悶の表情を浮かべつつガイエンは片膝を着く。そんな彼にゼブルは追撃する様に踏みつけると地面に伏せさせた。
「ガイエン様!」
「総司令!」
「ボス!」
場が一気に敵意に包まれ、皆が咄嗟にガイエンを助けに動こうとした時――
「動くんじゃねぇよ! 家畜どもぉ! ガスを“毒”に変えるぞぉ?!!」
その言葉に皆がピタリと止まる。ウェアを介抱する元『解放軍』の面々は何も出来なかった。
「ったくよぉ、何で俺がガスマスクしてるか解るかぁ? こんな家畜小屋の空気が吸えたモンじゃねぇからだ! 豚よりもブーブー吠えるテメェのダミ声も耳障りなんだよ!!」
ゼブルはガイエンを踏みつけながら演説する様に語る。
「まぁ、お前らが祭り上げるソーシーレーの踏み心地だけは及第点をつけてやるぜ? ギャハハハ!」
『地下居住区』の人々が人質に取られている以上、市民や部隊員は何も出来ない。
「貴方は……『シングルタスク』ですね?」
「あ゛ー。黙ってろ!」
「がっ……」
ゼブルはガイエンを更に強く踏みつける。
「何度もよ! 『クイーン』を煩わせやがって! お前らには! いい加減! 俺たちも! うんざり! してんだよぉ!!」
「ぐっ……」
何度も踏みしめる度にガイエンは苦悶の声を漏らす。
「だから、今回で『クイーン』は終わりにしてやるってよ。感謝しろよ〜? この掃き溜めは家畜施設に昇格だ! 今すぐ、あのうざってぇ『氷壁』を消せ!」
「……それは出来ません」
「ああ?! 俺は命令してんだよ! お前らに拒否権は無ぇ!」
「『氷壁』は……先人達の手によるもの……今の我々にどうにか出来るモノでは無いのです……」
『氷壁』と自分の繋がりを知られるワケにはいかない。
と、ゼブルは一つの小袋を『地下居住区』から立ち上がる煙の中に投げ入れた。すると、煙の色がゆっくりと赤色に変わっていく。
「!」
「ゼブル様っ……それは……」
「お前らが、さっきから勘違いしてるからよ。優しい優しい俺は教えてやってんの」
ゼブルはガイエンを片足で踏みつけたまま、両手を広げると高々に宣言するように告げる。
「出来ないならやれるように努力しろよ! そこで諦めてんじゃねぇよ! お前ら家畜はブヒブヒ言いながら俺たちの為に動くのが当たり前だろうが!」
そして、もう一つの小袋を取り出す。
「頭の悪いお前らに教えてやるよ! 煙の色が“緑”に変わったら地下の家畜共は全員死ぬ! この小袋を投げ入れるだけでなぁ!」
「ゼブル様……それだけは……」
「さっきからお前はうるせぇんだよ!」
ゼブルは介抱されているウェアに近づくとその顔を蹴りつけた。ウェア! と仲間たちが庇うように寄り添う。
「あーあ。面倒くさくなって来たぜ。5秒だ」
愉悦に笑う様にゼブルは場に告げる。
「5秒以内にあのうざってぇ『氷壁』を消せ。そしたら、お前ら全員を殺さずに家畜にしてやるよ」
「それは……」
「1――」
ゼブルは小袋を手の平の上でもて遊びながらカウントを始める。
「貴方達の目的は……私でしょう……?」
「2――」
「『氷壁』は本当に消せないんだ! どうしようもない――」
「3――ヒャア! 我慢できねぇ!!」
5秒を待たずにして小袋が煙へ放られた。
その色は一秒と経たずに“緑”へ変色を始めていく。




