第625話 『オベリスク』首都襲撃
サリアが倒れる銃声が響いた瞬間、ガイエンが叫ぶ。ソレは咆哮に近い威圧で放たれた。
「全員!! 建物の影へ!!!」
疎らに歩いていた者たちも皆、総司令官の声に即座に動く。
普段からサリアが緊急避難の意識を指導していた事もあり、困惑することなく場は適切に動く。
場に居合わせた『首都防衛部隊』の者は市民を庇いながらも即座に周囲の空き家や路地へ避難。ガイエンは――
“もし、狙撃であたしが撃たれたら放置してアンタは最優先で身を隠しなさい”
常日頃から自分の安否は優先しなくて良いと言うサリアの言葉に従い、近くの屋根下へ。
「――! クロエ殿!」
「一人くらいは“的”が居た方が良いでしょ?」
ただクロエだけは一人だけ場に残り、倒れたサリアを護るように前に立つ。
音が聞こえた方向からして……あの巨大な城の天辺付近かしら?
昨日感じた違和感は……気の所為では無かった。この事態は自分の落ち度であると感じ、矢面に立つ。
「サリア」
「…………」
声をかけるもサリアからの返事はなく、身動き一つしない。
心音は聞こえてる為、死んではいない。しかし目の見えないクロエにはどこを撃たれたのか知りようが無かった。
聞こえる心拍は一定。しかしサリアは怪我をしても身体が震えて銃口がブレない様に身体的反射を抑える事も出来る。
「ガイエンさん。サリアは怪我をしてる?」
第三者に見てもらうしかない。ガイエンは自分の見える角度から拾える視覚情報をクロエに伝えた。
「血を流しています。しかし、広がる様子は無く散った程度の様です」
となれば致命傷ではない?
その時、タァン――と銃声が響く。ギンッ! と鳴る金属音が聞こえた時にはクロエは剣を抜いていた。
「賢明ね。でも私が居ない時に撃つべきだった」
クロエの刃に逸らされた弾丸は近くの積雪に着弾。二度の射撃で狙撃手の位置がわかった。
「ガイエンさん。目の前の巨城の天辺付近よ。そこに敵の“狙撃手”が居るわ」
「わかりました。皆は、狙撃手の射線に出ないよう、建物内を経由して『地下居住区』へ避難を! 『首都防衛部隊』は市民達を保護しつつ離脱! フリード君、聞こえますか? すぐに君の『飛行部隊』を動かしてください――」
ガイエンは場に指示を出し、フリードへは通信魔石で状況を伝える中、クロエは僅かにも物怖じする事無く剣を持つ。
「……さて。どう転ぶかしらね」
家族が撃たれてもクロエは冷静に狙撃の音へ集中。今の自分に出来ることは、サリアを護ることであると理解してその場に立ち続ける。
カナリアは『鳥翼族』特有の高い視力により、スコープ無しの裸眼でサリアに当てていた。
狙撃手がどんな敵よりも先に仕留めるのは“敵の狙撃手”。
銃を撃つときは何よりもソレを危惧するべきだと、毎度のようにサリアに言われていた事を実践したのだ。
そしてサリアが倒れ、血が散った様子に着弾を確認する。
「随分と油断していた様ですね、師匠」
構えたまま、ボルトアクションで次弾を装填。サリアを保護しようとするガイエンを狙おうとしたが、意外にも放置して先に遮蔽物に隠れてしまった。
師匠の教え……でしょうか?
照準を倒れたサリアへ再び向けると射線に割り込むようにクロエが立っている。
思わず笑みが浮かび、彼女の胸――心臓を捉え、引き金を引く。
「――――」
しかし、振り上げたクロエの剣により弾丸は外れた。いや、外された。
「……マグレ?」
コッキングで排莢し、薬室に次弾を装填。
確か……【水面剣士】は目が見えないハズだ。加えてこの距離は狙撃手の距離。
師匠ならいざ知らず、こちらの呼吸を感じ取って剣を合わせられるハズは……
「……目が見えない……もしかして音?」
カナリアは引き金を引く。クロエは再度、剣を振り上げて弾丸を再び逸らした。
「――――」
こちらの発砲音で弾丸と刃のタイミングを合わせている。確かに、この距離なら不可能じゃない。しかし、ソレを行うには必要なモノがあまりにも多すぎる。
常人を越えた反射神経。
僅かにも萎縮せず動く身体。
正確な着弾地点予測。
『狙撃手』と言う存在に対する深い知識。
そのどれかが欠けていても身体には穴が空いている。つまり……
「全てを満たしているのですか」
師匠は言っていた。
『狙撃手』とは存在を知られない事に意味がある。もし存在を知られてしまったら『狙撃手』の末路は二つ――
存在を恐れられる【魔弾】となるか、敵に捕捉されて死を迎えるか。
「さてさて」
私はどちらなのでしょう?
カナリアは己の運命を楽しむ様にクロエとサリアを捉え、狙撃銃を構え続ける。
『ガイエン、銃声がしたぞ。何があった?』
「スティリナ、“襲撃”が起こっている。屋敷は安全だ。窓際には近づかず、絶対に外には出るな」
市民を最後尾から護るように移動するガイエンは屋敷にいるスティリナから魔石に連絡を受け、下手に動かない様に厳守させた。
『『クイーン』が狙撃手を育てたのか?』
「いや、恐らくは何らかの事情から『クイーン』に帰順した者だろう。私の落ち度だ」
今も『戦城』では『ゴースト』に囚われているヒト達がいる。彼らを救出できずにいた自分の判断が招いた事態であるとガイエンは考える。
『……サリアさんは? 敵の位置が割れてるのならカウンターが撃てるハズだ』
「サリアさんは最初に撃たれた。敵はこちらの顔を全て知っている。恐らく……」
『元『狙撃部隊』か。サリアさんを撃てるとなれば……一人だな』
『鳥翼族』『鷲』のカナリア。彼女は狙撃の才能からサリアが直々に育てた中では一番才能があった狙撃手だった。
「ああ。カナリア君が狙っているのなら姿を見せるだけで撃たれる」
『サリアさんは無事なのかい?』
「血を流しているが致命傷ではない。今はクロエ殿が護っている」
『……聞き違いかな? クロエが護ってるだって?』
その時、銃声が響き金属の接触する音と火花が見える。
「文字通りの意味だよ。サリアさんは彼女に任せて大丈夫だ。私も建物内を移動し、市民達と共に死角から『地下居住区』へ移動している」
『フリードは?』
「既に動いて貰っている。間もなく狙撃手は拘束できるだろう」
『ガイエン油断するな。カナリア一人で私達を制圧する気は無いハズだ。敵の……狙い……は――』
その時、ノイズが入るように会話が乱れ始める。
「スティリナ?」
「総司令!」
避難する市民の最後尾に続いていたガイエンは狙撃の死角――安全地帯に抜けた部下の声に正面を見た。
市民達も足を止めており、何か脅威を目の前に進むことを尻込みしている様である。
「!」
『地下居住区』の入り口――そこから紫色の煙が上がっていたのだ。そして……
「『解放軍』総司令ガイエン!」
入り口の前に立つ無数のヒトの一人が市民達へ向かって叫ぶ。
「『地下居住区』の人々を救いたければ……今すぐその身柄を『クイーン』に差し出してもらおう!」




