第624話 彼女の能力だけが欲しかったの?
クロエは朝食を軽く済ませると『地下居住区』から外へ出た。
外の冷気は『地下居住区』の快適な温度との差に白い息が出るが、夜よりは温かみを感じる。往来する人々が増えてきた様子は、聞こえる“声”からも感じ取れ、首都が目覚めてきている事を理解した。
今度は十分にコンディションを整えた上で環境調整をする為に人気のない所へ歩いていると――
「おはようございます、クロエ殿」
周囲を行交う“声”の中で特に印象的に覚えていたガイエンの声が寄ってきた。
ふと、彼の歩いている様子と音から少しだけ違和感を覚える。
「おはよう、ガイエンさん。挨拶して早速なのだけれど義足は替えたのかしら?」
「――解るのですか?」
周囲に気を使わせない為に外側だけは同じ義足だった。性能面では魔力による伝達も最低限であり、歩行と多少の重労働程度にしか使えない代物になっている。
「私は目が見えないからそれ以外で貴方たちを捉えてるの。サリアから聞いてない?」
「聞いてはいましたが……昨日、共に肩を並べた時から半信半疑でございました。失礼」
「そう言うことなら、油断させてた方が良かったかしら?」
「ご戯れを。貴女に武器を向ける意図は欠片もありませんよ」
少し冗談を言い合っていると、ガイエンは改めて今の状態を説明する。
「『高機動戦闘義足』は今、スティリナが調整しているのです。『永遠の国』の支援が受けられない事もあり、あの足を頂いてから整備だけは私自らで行っていまして」
「貴方も万全な態勢で次の戦いに臨むと言うことね」
「お恥ずかしながら、スティリナにその様な意図はございません。妻は知識欲を満たしたいだけでございます」
「あら、そうなの?」
「妻は『永遠の国』を追放されておりまして。その理由が“興味を持ち過ぎた”事であり、『マザー』と『オフィサーナンバー』の居住である『ツリー』に侵入しようとしまして……」
ガイエンは当事者なのか、呆れた様にスティリナの居る屋敷の方を見上げた。
「当然、侵入できるハズはございません。入る前に捕まり、治療も終えていたと言う事で即日追放されました」
「その後は『解放軍』に?」
「私も同じタイミングで、この足の治療が終わったので声をかけたのです。彼女の知識欲と技術は『解放軍』には無いモノでしたから」
屋敷から視線をクロエへ戻したガイエンは、ニコニコしている彼女の様子に気づく。
「クロエ殿、どうされました?」
「彼女の能力だけが欲しかったの?」
「……今のスティリナとの関係が答えと言う事で、納得して頂けますでしょうか?」
「ふふ。貴方達はとても素敵な関係ね」
その言葉にガイエンも自然と笑みが浮かぶ。
「クロエ殿も引く手数多なのではないですか?」
「それは、今の質問に対する報復?」
「その様に受け取ってもらっても構いません。ですが無理に答えずとも結構ですよ」
ガイエンとしてはクロエの“強さ”の根幹を知れると思っての返しだった。
クロエの実力はガイエンの知る中でも頭一つどころか、比肩する存在を上げる方が難しいほどに突出している。
彼女は何故それ程の“強さ”を維持しているのか。
その剣は何のために振るうのか。
この質問で、ソレを少しでも読み解ける事を期待していた。
「私に興味を持つヒトは多かったわ。でも、その大半がこの“身体”目当てね」
妻が居るガイエンからすれば、その可能性を完全に失念していた。
「申し訳ありません。配慮が足りない質問だった様です」
「ふふ、気にしないで。ソレも武器の一つにしているから」
「武器に?」
「ヒトは欲望に正直なの。特に胸ね。油断してくれるわ」
「……なるほど」
ガイエンの反応にクロエはクスっと笑う。
「でも、『ゴースト』には通じなさそうね。彼らは私の事を『生産家畜』と呼んでいたから」
「……『ゴースト』から見れば、我々は血と肉を採取するだけの“家畜”に過ぎない様です。理解は全く出来ませんが」
「でも、『クイーン』は少しだけ小狡いのよね?」
“小狡い”にガイエンはフッと笑う。
「ええ。あの“悪女”は我々を手足の様に扱えると考えています。故に『解放軍』は次の作戦で確実に『クイーン』を倒せるでしょう」
“驕り”は最も勝利から遠い要素である。
ヒトを侮る『ゴースト』と違い『解放軍』は片時も油断しない。その差が『クイーン』を打ち倒すのだとガイエンは信じていた。
「私の剣には期待してちょうだい」
「その一点に関しましては僅かにも疑っておりません」
「アンタ達。話し込むならせめて道の端に寄りなさいよ」
そこへ、哨戒を回っているサリアが歩いて来た。
遠目からでも目立つ二人は通行人が少し気を使って避けていた事もあり、ソレをサリアが見つけたのだ。
「おはようございます、サリアさん」
「おはよ。ガイエン、アンタ義足は……」
「スティリナの人質です」
「アンタも甘いわね。戻ってきた時に脛から下が無くなっててホバー機関にされてても知らないわよ?」
「流石に――いや……流石にソレは無いと思いますが……」
「少しでも疑惑が浮かぶなら屋敷に戻ってあの子の整備を立ち会いなさい。決戦時に義足が動かないなんて事態に陥ったら――」
その時、首都の早朝に一つの銃声が響き渡った。同時にサリアが倒れる――




