第623話 潜入者
「あ! クロエさん!」
「おはよ」
クロエは食堂へ向かう途中、昨晩に仲良くなったディーガ、フーリー、ウルスの三人と遭遇した。
ディーガはマスクに手袋、フーリーは尻尾をカバー袋で覆い、ウルスは道具の台車を押しており、三人共清掃エプロンを着用している。
声をそろえて、“おはようございまーす”と挨拶を返した。
「トイレ掃除をしているの?」
「うわ! なんで知ってるんすか?!」
「昨日、スティリナがそんな事を言ってたわ。許してもらえなかった?」
「いやー、私は記憶にないんだけどさぁ。なんでバレたんだろう……」
「レイヴンの『重力魔法』と俺の『迷彩』で運んでたから絶対に見られなかったハズなんだが……」
「や、やっぱり……勝手に持って行くのは良くないよ……」
探知機があるとは思ってもいない様だ。ふと、クロエは“翼が擦れる音”が聞こえない事に気がついた。
「レイヴン君は居ないの?」
「アイツは首都の哨戒任務っすよ。『飛行部隊』は人員が少ないですからね。それを差し引いてもタイミング良いよなー」
「早朝に西の拠点から人員と『遊撃部隊』も帰って来ててさ。なんか、本格的に全戦力が集結してるって感じー」
「クロエさんは……何か知ってたりします?」
「ええ。あなた達にも説明があると思うわ」
恐らく、本日には各部隊へ『クイーン討伐』の旨が伝えられるハズだ。
「だから、今はトイレ掃除を急いだ方が良いんじゃないかしら?」
「確かに……皆が作戦行動中に便所掃除してるとか……恥晒しも良いところだ……」
「それはそれでウケるけどねー」
「フーリーちゃんは客観的過ぎるよ……」
掃除に戻るんでー、と手を振って三人と別れた。
ディーガ、フーリー、ウルスの三人がクロエと遭遇している頃、レイヴンは首都の上空を飛行していた。
“レイヴン、お前は知り合いから距離を置いとけ。次の“作戦”は是が非でも失敗できねぇからな。特に【水面剣士】とは極力顔を合わせるな”
部隊長の言葉を思い返し、思わず嘆息が出る。
翼に『炎魔法』による熱保護を行いつつ『オベリスク』の空を飛ぶ。早朝に飛ぶのはかなりストレスがかかるのだ。
「はぁ……」
空を飛ぶと言う能力は他種族からすれば羨ましがられるモノだが、『鳥翼族』からすれば地面を歩く方がずっと楽なのだ。
今は『クイーン討伐』の為に部隊を招集している最中。確実に作戦を遂行する為にも、足場は盤石にして置かなければならない。
「…………なんじゃ?」
唯一、太陽の光が当たり始めたオベリスク城の屋根部分。そこからキラキラとした光の反射が自分を呼んでいる様に感じ――
「――――…………」
飛行ルートを変更。翼を開いて反射元へ降りると、そこに居たのは一人の“狙撃手”だった。
「おはようございます、レイヴン君」
「……こんなトコで何しとるんです? カナリアさん」
『鳥翼族』『鷲』の女――カナリアはニコニコしながら手鏡を仕舞う。レイヴンの記憶では彼女は『オベリスク』を去ったハズだった。
「こんなトコでコソコソせんでも……」
「“作戦中”です。ちなみに『解放軍』側ではありませんから。あしからず」
カナリアはニコニコしながら平然とそう告げる。彼女の狙撃銃は近くの武器ケースに入ったままだが……今離脱しても射程からは逃げられないだろう。
「……俺も“作戦中”ですわ」
「あら、そうなのですか。貴方まで組み込むとなると……『クイーン』は今回で完全に終わらせる様ですね」
「正直なところ、かなり無茶やと思いますけどね。今の『解放軍』相手だと“作戦”が破綻する可能性が高いですわ」
「問題は師匠だけ……だった。ですよね?」
カナリアもクロエの存在は完全なイレギュラーとして見ていた。
「【水面剣士】は思った以上の化け物です。正直、一人で『シングルタスク』全員を殺れると思いますわ。潜入しているのはカナリアさんだけですか?」
「既に工作員が他数名入り込んでいます。そのまま『地下居住区』にガスを流す予定です。それで、皆を夢の中へ〜」
「ボスは武器を外し、『遊撃部隊』は休息に入っとります。首都は『クイーン討伐』に向けて一呼吸置いている段階です。“警戒”される前に始めた方がええですわ」
「師匠を視界に捉えたタイミングが良いですね」
カナリアは持ち込んだ装備から狙撃銃を取り出し始めた。
「…………」
「レイヴン君、気が進まないなら離脱しても良いですよ。怪我をしたとか言って、首都に居ると良いでしょう」
「……いや、やりますわ。もう、ゴミを漁るのはゴメンなんで」
「そうですか。『鳥翼族』の境遇を理解できるのは同じ『鳥翼族』だけです。他の言葉は空を知らない者たちの戯言と言う事を忘れてはなりませんよ」
「…………」
“黒い翼はカッケーな。俺はティーガ。よろしく”
“次に飛ぶ時に私も乗っけてよ。一人くらい乗せて飛ぶの余裕っしょ?”
“レイヴン君。これ翼の保護温油。前に助けてくれたお礼だよ”
レイヴンはいつもバカ騒ぎする三人の事を思い出す。そして、
“アンタ、行くトコ無いの? じゃあ、ウチに来なさい”
サリアに拾われた時の事を思い返した。
こんな“黒翼”が無ければ、ここまで悩むことは無かっただろう。だからこそ――
「レイヴン君、フリードさんに伝えてください。銃声が作戦開始の合図だと」
「……わかりました」
空で自由になる為に翼を開くのだ。




