第622話 一人一枚!!
清潔感を保つ場として『地下居住区』には『シャワールーム』と言う設備空間が設けられていた。
浴槽は無く、仕切りも無い。ただ、お湯の出るシャワーヘッドが並べられただけの簡素な空間であり、男女に別れ、男側は二十、女側は四十の数が設置されている。
基本的に誰でも自由に使用できるが、所要時間は一人15分を目安されており、長い髪を持つ者や手入れが必要な『獣族』に関しては誰かに協力して貰って洗う事が多い。(テールケア用の石鹸有り)
サリアは朝の哨戒前に『シャワー』を浴びていた所、隣にクロエがやって来た。昨日、帰りに場所と使い方を教えたので利用しに来たのだろう。
「朝から鍛錬してたの?」
「ええ。環境に対して帳尻を合わせてるわ」
自己意識の高いクロエは独自のルーティーンを持っている。
『シャワールーム』から出るお湯は浴びるだけで汚れが落ちるように魔法的な効力が付与されており、泡を使わずとも問題なく汚れを落としてくれる。
なるべく時短で交代できる様に考慮した結果の設計であった。
「昨日、アレだけ“火酒”を飲んでたのによく酔いが残らないわね」
「実のところ、アルコールの成分を分離してお酒の底の方に集中させてたの。だから昨日は殆ど酔わなかったわ」
「……アンタ、そんな事も出来るようになったの?」
サリアは『シャワー』を浴びながら、とんでもない事を口にするクロエに少しだけ引く。
「前からできるわよ? 『星の探索者』の皆と飲む時は普通に酔いを楽しんでたわ。でも、ここではまだ、気を緩めるワケには行かないから」
「……まぁ、確かに『クイーン』を殺るとなるとアンタにはコンディションを最高潮に合わせてもらわないと困るわ」
「それほどなの? 『クイーン』は」
「アンタが負けるとは思えないけど、取り逃がすと厄介なのよ。正面から戦力を整えていた『キング』よりも搦め手を使って首都を狙う『クイーン』の方が精神的にはストレスよ」
捕まえたヒトを肉の盾にしたり、人質を使って内輪揉めを起こさせたり、動く『戦城』を造ったり……『クイーン』に対しては、これまで後手後手に回り続けてきた。
「ナムタイと会ったんでしょ?」
「ええ。今朝帰って来たそうだけど、情報が早いわね」
「アイツは声がデカいから『地下居住区』に居ても聞こえて来るのよ。全く……」
「ふふ」
サリアは額に指を当てるが、今の『解放軍』にはナムタイの様な異質なムードを持つ存在は必要だろう。
「ナムタイ、クラリッサ、ベルンはフォルネラ率いる『遊撃部隊』の一員よ。『解放軍』でも高い攻撃力を持つ部隊なの。まぁ……どっちかと言うと“突撃部隊”ってのがしっくり来るけどね」
「少し刃を交えたけど、まだまだ粗削りね。スタイルに至っては模索してる段階みたいだし、適切な指導者が就けば一気に殻を破るわ」
「アンタは教える気ないの?」
「ふふ。私はカイルで手一杯よ」
クロエはシャワーの湯を止めると、サリアも同じタイミングで湯を止めて洋室から出る。
そして、『一人一枚!!』と札が吊るされているタオルの籠から一枚拝借して、身体を拭きながら話を続けた。
「それに彼は基礎をフォンファン様から教わっているわ」
「【刃王】ね。正直なところを言うと、あたしはあの人がそんなに強いとは思えないんだけど」
【武神王】の五番弟子フォンファンとはサリアも面識があった。
“わっ! 【魔弾】?! 誰を狙いに『ターミナル』に?! わ、私の知り合いを狙うならこの“刃”が黙ってませんよ!!”
最初の邂逅はそんな形だった事もあり、サリアとしては【武神王】の弟子としては格が無いと感じている。
「ふふ。サリア、貴女が分からないくらいにフォンファン様の実力を察知されない能力は秀でていると言う事ね」
「…………いや、そう言われても」
「いずれ解るわ。アイン様が見出した以上は常識を越えた実力者。侮らない様にね」
「心に留めておくわ」
クロエとサリアは使ったタオルを洗い物籠に入れて服を着ると、他の者に場所を開ける為に『シャワールーム』から出た。
入れ違いで『シャワールーム』へ向かう面々と挨拶を交わしながら共に歩く。
「アンタがそんなに凄いっていう【刃王】様だったら、『ゴースト』も全部斬って行って欲しかったわよ」
「その件なのだけれど、サリア。貴女は『ゴースト』の事をどう思ってる?」
「脳天を撃ち抜く敵よ。アンタも首を斬り落とす敵でしょ?」
「ふふ。本質の問題よ。メントスさんとも道中で少し話だのだけど、何故彼らは『オベリスク』に現れるのかしらね?」
「……その件に関しては昨日の交戦でガイエンが興味深い情報を持ち帰ったわ」
お婆ちゃん、おはよー。
サリアさん、おはようございます。
などとすれ違う市民達に軽く手を挙げながらサリアは挨拶を返す。
「『ゴースト』は過去に『オベリスク』に存在していた“ヒト”だと言う説よ」
「確か?」
「『魔騎兵』の大隊長が“ストラウス”って名前を口にしてたらしいの。ガイエンが言うには“ストラウス”は初代【皇帝】に最も近い能力を持つとされる継承者だったらしいんだけど、最期は謀殺されたんだって」
「どんな気質の人物だったかわかる?」
「かなりの人格者だったらしいわ。多くの騎士や臣下が彼に揺るがない忠誠を捧げていて、あらゆる分野で比肩する対象がガリア様以外には居なかったレベルの傑物だったそうよ」
「それは、戦闘面でも?」
「ええ。剣術では『フロンティア』で叶う者が居なかったとか。暗殺者を自分で取り押さえたり、『永遠の国』の『オフィサーナンバー』や『ゴルド王国』の【覇王】とも実力は互角だったとか言う話もある」
「…………サリア。昨日、『天元』の発動前に『戦城』の一つが破壊されたのよね?」
「そうね。ソレを見た『魔騎兵』はこっちへの攻撃を中断して即座に反転したわ」
サリアは肩をすくめて、敵の言う“ストラウス”が討ち取られた可能性を頭に思い浮かべる。
一つの『戦城』を破壊する雷……そしてその魔力も持ち主が誰なのかを二人は察していた。
「ふふ。ローハンに『キング』の首を取られたわね」
「論も証拠も薄い相手よ。勝手に名前を使ってる説もあるし、同名の別人かも知れない。こっちを“家畜”としてしか見ない『ゴースト』の言う事は、あまり気にする必要は無いと思うけどね」
とにかく、とサリアは告げる。
「『キング』の事は今は気にしなくていいわ。一応、北東地域には最低限の見張りは置いてるけど『魔騎兵』を失った以上、物理的にも動けないハズよ。『解放軍』の主力部隊は明後日に『クイーン』の首を狙う。その後に『キング』の残存戦力を始末する」
「了解、隊長どの」
「……やめてよ。アンタから隊長とか言われると逆に照準がブレるわ」
「あら、ごめんなさい」
微笑むクロエにからかわれたサリアも微笑みながら哨戒の為に外へ向かう。
クロエは彼女と別れ、朝食を食べに食堂へ向かった。




