第620話 クロエVSフォルネラ
「一つ聞いてもいい?」
「手短に頼む」
クロエは距離を置いたままフォルネラに問う。
「私達が剣を交える意味はあると思う?」
「ある」
「それはなぜ?」
「質問は一つの約束だ」
腰で刀を溜めるような中腰姿勢のフォルネラは会話を切った。
居合い……『盲剣一席』にいた頃に前一席だった与一さんが得意としていた剣術だったわね。
彼の居合術は閉鎖空間における戦闘では死角の無い刃として一線を画していた。しかし、特化した技術であればあるほど、特化した“弱点”も存在する。
……与一さんは工夫していたけれど――
居合術の弱点。それは居合術だと知られてしまうと距離を取られ、一方的に攻撃されてしまう事にある。
故に与一さんは己の気配と音を消す技術も極め、相手の間合いに入るために周囲のあらゆる環境も利用していた。
あの時は、逆にソレを利用してこちらの土俵に引き込んで彼を下したのだが――
「貴方は随分と“力強い”わね」
目の前の彼――フォルネラの居合術は与一さんの一斬必殺とは違う“質”を感じる。なんにせよ、違う路線での技術が見れるのなら願ったりだ。その前に一つ確かめてみよう。
「…………」
私は距離を置いて構える彼を無視して、その場を去ることにした。
居合術の弱点その1……間合いに近づかない。
こちらは戦うとは答えてないので別に変な動きではない。向かってくるなら、こちらが“先”を取れる。
「逃げるか?」
「お言葉ね。私は“戦う”とは言ってないけど?」
「…………戦ってくれ」
「ふふふ」
思わず笑ってしまった。
駆け引きが苦手な率直タイプね。カイルほど極端ではないけれどコントロールはしやすそう。
「それじゃ、少し相手をしてあげるわ」
「感謝する。では、尋常に勝――」
次の瞬間、私は剣を彼に投げて間合いへ急接近する。
剣士が剣を捨てる。ソレは余りにも矛盾じみた行為だった。
己の剣術に自信があるのなら、己の技に誇りがあるのなら、もう一つの命とも言える“剣”は決して手放さないだろう。
しかし、多くの者が勘違いをしている。
クロエが求めるモノは“強さ”であり、必要であれば剣を持つだけなのだ。
【水面剣士】。その異名を聞いた時から相対者はクロエに勝手な勘違いをし、その本質を読み解く前に敗北を期するのである。
居合術の弱点その2……内側では刃が振れない。
さて、どう捌くかしら?
剣を弾けば居合術の内側――フォルネラの懐へクロエは入り込む。
剣を避ければ乱れる体幹から咄嗟に生み出される居合術は速度も威力も落ちるだろう。
どちらを選んでもクロエはフォルネラの“隙”を逃さない。
「――――」
フォルネラの溜めた鯉口が切られる。迷いなく放たれた居合術は柄尻で飛来する剣の切っ先を受けて、弾いた。
「それは知っている!」
投剣の影に隠れて迫るクロエには、抜刀の刃が完璧に合わさり、逆袈裟がけにその身体を斬り込む――
「正解。でも逆袈裟がけは不正解」
投剣を弾いた事で抜刀の最高速に達する瞬間が乱れ、クロエが手の甲に宿した『音界波動』による割り込みで刃は直斬を逸らされる。
空いた片手より向けられるクロエの手刀がフォルネラへ迫る。
「不正解……ではない!」
最初から二連。フォルネラは流れる様に両手に柄を握り、クロエの手刀が届くまでに振り下ろした。
「いいえ。不正解よ」
フォルネラの視点がひっくり返る。
居合術の弱点その3……足が地を離れた時の手段を持たない。
クロエは振り下ろす刃の根元――フォルネラの手を掴み、入れ替わる様に半身に移動。そのまま振り下ろしの勢いを利用して、弧を描く様に投げたのだ。
「なっ?!」
その際に『音界波動』の振動でフォルネラの握力を消し、武器を奪いつつ仰向けに雪の上へ落す。
「くっ!」
フォルネラは雪まみれになりつつも転がって起き上がろうと膝立ちになったところで、自らの武器の切っ先をクロエから向けられて停止した。
「…………」
「重心の力配分が甘かったわね」
「……あの状況で投げる……知らない技だ」
「勝負とはそう言うもの。自分の得意分野だけで押し切れるなら今までは随分と運がよかったのね。まだやる?」
フォルネラの後ろ腰には『風剣ストーム』が存在し、クロエはその魔力を感じている。
ソレを行使する事を前提に微笑むクロエはこの瞬間も一切の油断はしていない。するとフォルネラはその場で胡座を掻いた。
「ワタシの負けだ」
「まだ貴方は戦えるでしょう?」
「もし、『風剣ストーム』の事を示唆しているのなら気にしなくていい。“風”が吹くのは人々の自由が脅かされる時。ワタシ個人の戦いには絶対に関与しない」
腕を組んで、ふんす、と鼻を鳴らすフォルネラにクロエは面くらうと次にはクスっと笑う。
「その信念はとても個性的ね」
クロエは武器をくるっと回して返す様に柄をフォルネラへ向けた。
「なら、私もアナタの“風”に従うわ」
「……己を見直す時か……」
フォルネラはクロエが『風剣ストーム』を使っても構わないと言う意図を汲み取り、今の自分ではまだ届かない事を認めて武器を受け取る。
「噂通りの腕前だな、【水面剣士】」
「どんな噂かは知らないけど、アナタの想像通りだった?」
「想像の何倍も“恐い”」
「あら、ありがとう」
そう言いながらフォルネラは立ち上がり、武器を鞘に収める。
クロエも弾かれた剣を拾って鞘に戻した。その間でもフォルネラが攻撃を仕掛けても反撃できる程にセンサーは途切れない。
「…………」
どれほど、先を歩いている?
その様子にフォルネラは己の未熟を改めて居ると――
「フォルネラ……見てたぜ!! 次は俺の番だなァ!!」
場に響くような声量が近くの建物から放たれた。
クロエが声の主がフォルネラと同じくらいの体格と年齢の声色をした青年である事を感じ取る。
腕を組んでこちらを見おろしていた。
「貴方――」
「俺の名前はナムタイ!! 最も熱く! 世界を突き進む男ォ!!」
とう! と、ナムタイは屋根の上から飛び降りると多く積もった積雪の中へ落ちる。
ズボボボ、と頭まで埋まり、少しジタバタして何とか這い出してきた。そして、
「【水面剣士】ィ! 俺とバトルだ!!」
雪まみれの顔で前傾姿勢の構えを取ると、クロエの返事を待つ。
「彼は知り合い?」
「旅をしていたら勝手についてきただけの間柄だ」
「サァ! 戦ろうぜ! なんならフォルネラでも良いぜ!」
「なんで言った事が早速破綻してるんだよ……」
「ふふ。『解放軍』は面白い子ばかりね」




