第618話 覚悟しておきたまえよ
「うぃぃっす……ガイエンっ! 今帰ったぞぉ!」
クロエとサリアを含めた情報会と言う名の女子会はスティリナにとってプラスとなった。
その後、クロエが今日は疲れたと言い解散。スティリナは飲み切らない“火酒”は明日にでも処理するつもりで保護処理だけをすると、ふらふらと歩き出した。
その様子に流石に無視は出来なかったので、クロエとサリアは首都の中でも一際大きいヒュノスティエラの屋敷まで付き添い、ようやく解散となったのだ。
「さすだは、わらしの“火酒”だ! ぜぇんぜん、さむくなひー」
そのまま、広いロビーの隅に座り込むと、Zzz……と寝息を立て始める。
「まったく……」
スティリナの声を聞いて奥の部屋から歩いてきたガイエンは、そんな彼女を前に抱え上げると一階の暖炉がある居間へと歩いていく。
屋敷内にはガイエンとスティリナの気配以外は存在せず、灯りも最低限の箇所しか着いていない。
元は本部代わりに使っていたが居住区との兼ね合いから建物は別に造り、“本部”の役割はそちらへ移設したのだ。よって今の屋敷は『オベリスク』の歴史や資料を保存する場所として利用されている。
「……いずれは朽ちるモノか」
ガイエンがここに帰ってくるのは『オベリスク』最後の貴族――ヒュノスティエラとして、祖国の歴史や文化を護るためであるが、最近は『解放軍』の任務が忙しく、屋敷の掃除や整備は疎かになっていた。
「……継ぎ手はもう居ない……か」
『オベリスク』は滅んだ国。そして、記録を繋ぐ者も自分で最後になる。
居間の扉を肩で押して開けると、暖炉に近いソファーにスティリナを横たわらせて、上から毛布をかける。
そして自分も用意していた暖炉に向かい合う席に座ると眼鏡をかけ直す。そして、側台に開いて中断した本を手に取り、続きを読み始めた。
「…………」
「…………」
暖炉の火が揺らめき、薪がパチパチと音を立てる。その音にスティリナは自然と瞳が開き、本を読むガイエンを映す。
「起きたか?」
「……私は今、夫を見ている」
その視線に気づいたガイエンは本から視線を外さずに尋ねると、スティリナは寝そべった姿勢から座る姿勢へと変わった。
防寒具を脱ぎ、ソファーの背にかけると毛布を開く。
「ガーイエーン」
「…………」
ガイエンは嘆息を吐くと席を立ち上がり、スティリナの隣に座って一つの毛布に二人で包まる。
「やっぱり……君は暖かいな」
「いくら“火酒”を飲んだとは言え、防寒具の下が薄着過ぎる。風邪をひくぞ」
「仕方ないじゃないか。誰かさんが縮める事を良しとしないんだから」
「…………」
「ヒヒヒ」
スティリナは何も言わないガイエンへ身体を傾ける様に身を預けた。
「でも、こうして君が暖めてくれるなら別に必要無いのかも知れないよ?」
共に暖炉の火を見ながら互いを想う。
寒冷地である『オベリスク』において、大切なヒトと身を寄せ合い、暖を取る行為は心と身体を通じ合わせる為の所作でもあるのだ。
「……スティリナ。君にお願いがある」
「それは随分前から私が言われている事かな?」
「…………そうだ。私が――」
「その答えは最初に言われた時に答えただろう? アレから一度も変わらない。私も死ぬよ」
“私が死んでも……君は何が何でも生き延びて幸せになってくれ”
ガイエンは己の輪廻が『ガリアの封印』に組み込まれている事をスティリナに告げた時に、彼女へそう願ったのだ。
しかし、スティリナはあの時と同じ言葉をガイエンに返す。
「私はガイエン・ヒュノスティエラが居るから、スティリナ・ヒュノスティエラなんだ。君が居ない世界に私の居場所は無い」
「……例え、『ゴースト』を退けて『氷壁』を解除したとしても二週間も経たずに私は死を迎える」
「ならば、私も君と共に死のう」
「スティリナ……」
「ガイエン、君はいつになったら私と言うヒトを理解するんだ?」
脈略のない夫の頬にスティリナは触れ、優しく語りかける。
「私はとてもとても自己中心的なヒトだ。君はソレを承知で私を側に置いたのだろう?」
「……まったく……君というヒトは……」
「ふっ、私は重いぞ。とてつもなく……重く、君にのしかかっているのさ。だからガイエン・ヒュノスティエラは絶対に孤独にはならない」
スティリナの言葉はガイエンへ嬉しさを与える一方、自分の運命に彼女を巻き込んでしまった後悔を改めて認識させた。
「そんな顔をするなよ。『ガリアの封印』は私が何とかするさ」
「アレは初代【皇帝】の遺産だ。私達にどうにか出来るとは……」
「ふっふっふ。甘いなガイエン。私が会ったこともない過去の人物の偉業を前に諦める女に見えるかい?」
「……見えないな」
「だろう? クロエと話をした。最初は彼女に対する不安を払拭する為にサリアさんに場を作って貰ったんだが、良い話を聞けたよ」
「良い話?」
「詳しいことは後で話すが、結論から言うと『ガリアの封印』を使える者が彼女たちの身内に居るらしい」
その言葉にガイエンは目を見開く。
「それは初代【皇帝】の事かい?」
「違う。だが、二人が言うには『オベリスク』に展開された『ガリアの封印』と君の紐付けは解ける可能性があるそうだ」
「……本当に……そうなのか?」
「詳しくは陣を見てもらわないと分からないが、期待はして良いそうだよ」
「……そうか……」
ガイエンは目頭を抑える。
まだ『ゴースト』との戦時中だ。嬉し涙を流すには早いと、己を律し堪えている様だった。
そんな夫にスティリナは微笑む。
「ああ。だから二週間と言わず、何年……何十年と共にこの時間を迎えよう」
身を寄せるスティリナの肩を寄せて、共に暖炉の暖かさを浴びる。
「スティリナ、君が側に居てくれて良かった」
「私はこんなモノではないぞ? 何度も君を驚かす。退屈な人生など欠片も無いことを覚悟しておきたまえよ」
目を閉じる妻に倣ってガイエンも目を閉じる。
『解放軍』の家族達が、この時間をより多く得られる様に『ゴースト』を討つ決意を強く固めた。




