第616話 味は……びゃあ! 美味い!
『オベリスク』が停止して以来、世界では貧富の差が一層大きくなって行った。
国々は自国の資産や領土を固く護り、廃れた『オベリスク』を隔てる国同士の交流は殆ど無いモノとして自然と消滅していく。
そこに『ゴースト』の問題も関わって来た事で『オベリスク』を挟んだ国同士の国交が薄くなるのは必然だった。
故に『オベリスク』は要らないモノを捨てるには都合の良い場所なのである。
「別にワシらみたいなのは珍しい事じゃない。口べ減らし、居ると都合の悪い子供、『ゴースト』の被害者の遺児、“戦城”からの解放者……まぁ、大概の理由がそれじゃ」
「…………」
「なんじゃ? ワシらンこと、聞きたいんじゃろ?」
黙るクロエにそう言うと、レイヴンは“火酒”を軽く飲む。彼は酔っている様子はなく、一向に笑う様子もない。
「戦いで荒れた土地では珍しくないことね」
「は、随分と知った口じゃのぅ」
「私もあなた達と同じだったから」
クロエも“火酒”を飲む。そして、寝息を立てる三人の“音”に微笑みを浮かべた。
「目が見えんちゅうんは嘘じゃろ?」
「本当よ。弟は生まれつき片足がなかった。目の見えない私と片足のない弟。欠陥の子供二人を養う覚悟なんて私の親にはなかったらしいわ」
そう微笑むクロエにレイヴンは少し驚きながらも、次には表情を怪訝そうな顔に戻す。
「…………アンタ、強いじゃろ?」
「ええ。強いわ。あなたは全部見ていたでしょう?」
『魔騎兵』が突撃している時の事をレイヴンは見ていた。
「その強さがあるなら……捨てた親へ復讐とかも考えなかったんか?」
レイヴンの言葉にクロエは再会した両親の事を思い出す。
“クロエ! お前は俺の娘だろうが! だったら、親のために尽くすのが子の役目だ! なのに、実の親に刃を向けるとは何を考えている!”
“クロエ……なんで今更私の目の前に現れたのよ! ようやく忘れてたのに……死ね! クロウと一緒に死んでなさいよ!”
「そんな価値すらなかったわ」
“家族”とは……血の繋がりではなく、心の繋がりだと多くのヒトに教えて貰った。
だから、親に捨てられた過去に固執する意味は無いと結論を出しているのである。
「…………」
「経験者として助言するわ。あなたも今の絆を大切にすれば良い。そうすればもう少し自然に笑える事が増えるわよ」
「余計な世話じゃ……」
「ふふ」
レイヴンは誤魔化す様に“火酒”を煽り、その様子にクロエは微笑む。
今回の“火酒パーティ”にレイヴンが参加した意図。眠る三人に迷いなく毛布をかけた彼の行動から彼は、この絆を大切にしているのだと感じていた。
「貴方は自由な翼があるのに『解放軍』に留まってる。それが答えでもあるんじゃない?」
「…………別に。この黒翼じゃ空に自由が無いからじゃ」
「そうなの?」
「……ふん」
レイヴンはそれ以上は語らずに口を閉ざした。その時、
「誰か来るわね」
まっすぐ近づいてくる足音。
クロエは最初は剣に手をかけたが、より明確に誰なのかが分かってくると自然とコップへと移る。
「解るんか?」
「ええ。敵じゃないわ。私にとっては」
「?」
「ここか! 盗っ人ぉ!」
「チビ共が昔、入り浸ってた秘密基地じゃない」
探知機を見ながら入って来たスティリナとサリアにレイヴンは、げっ、と声を出し、クロエは手を振る。
「クロエ? アンタはここで何をしてるのよ」
「誘われたの」
「私の“火酒”!? ああ?! 減っている! 減っているぞぉ! 味は……びゃあ! 美味い! 間違いなく私のだ! うらぁ、ガキども! 起きろ!」
スティリナが三人に構っている間、レイヴンは一人逃亡しようとしたところ――
「逃げるか、レイヴン! いいぞ! 逃げろ! 私は追いかけるのは好きだ! 逃げるヤツを捕まえた時はソイツを好き勝手していいとガイエンから言われてるからなぁ!」
「…………」
レイヴンは元の席に座る。
そんな光景をサリアは、やれやれ……と嘆息を吐き、クロエは、ふふふ、と微笑んでいた。
「ええっと……何がどうなってるんだっけぇ?」
「うはは〜何かウケる〜」
「ぐるぐる……世界がぐるぐる……」
「…………」
「レイヴン、そいつらは適当に集合仮眠室にでも放り込んで起きなさい。起きたら勝手に部屋に戻るでしょうし」
「誰が盗んだのか……明日に問い詰めに行くからな! その前に自分から自首した場合は『地下居住区』全部の便所掃除で許してやると言っておけ!」
「……逃げようとした場合は?」
「お前たち四人を『ブレインバスター』に繋ぐ! 連帯責任だぞ!」
「……っす」
レイヴンはサリアとスティリナからそう言われ、一応は解散。ウルスを背負って、他二人は『重力魔法』で近くに浮かせてスタスタと帰って行った。
「……私の“火酒”がぁ」
「まぁ、ここまで開けたんならもう飲んじゃいましょうよ」
よよよ、と“火酒”の樽に啜り泣くスティリナにサリアは慰めるようにそう言った。開けた“火酒”は品質が落ちるばかりなのでなるべく早く飲み切らねば勿体ない。
「丁度クロエも居るし。色々と聞けるでしょ」
サリアは余っているコップに“火酒”を注いでドラム缶の周りに用意された席に座る。
「……はぁ。もう開き直るしかないか……」
スティリナも諦めた様に“火酒”を注ぐとサリアと同じ様に空いている席に座った。
「スティリナとは話す約束をしていたわね」
クロエも移動し、最初に自分が座っていたドラム缶周りの席に戻る。すると、サリアからの視線を受けた。
「クロエ、ここでローハンが考えてる今後の計画についてスティリナに話してくれる? 丁度、良いタイミングだしね」




