第610話 適任じゃーん
「こちらがクロエさんのお部屋です! サリアお婆ちゃんの隣が丁度空いていたので!」
サリアの部屋は地下居住区の奥――銃器を保管している倉庫の近くにあった。
銃は誰でも使える分、事故も多い。危機管理を一手に担っているのだろう。
「ありがとう、ウルス。一つ聞いても良いかしら?」
「なんでしょう?」
「この部屋の前の住人はサリアとかなり親身だったのかしら?」
「え? なんで分かったんですか?」
色々とロジックによる推測はあるけれど、一番の理由は――
「サリアの部屋と同じ“匂い”がするの。銃を整備する油臭とか煙の臭いが主ね」
「…………クロエさんって実は『獣族』だったりします?」
「ふふ。私は100%『人族』よ。目が見えない分、他の感覚が鋭いの。特に部屋に入る前に色々と探るのは癖みたいなものなの」
サリアが身を置く『解放軍』を信用していないワケではないが、地下で部屋の中となると袋小路に近い事もあり自然と警戒してしまうのだ。
「気を悪くしたならごめんなさい」
「あ、いえ! 確かにサリアお婆ちゃんのお弟子さんである、カナリアさんが入っていました。狙撃部隊でお婆ちゃんの次に凄いヒトだったんですよ!」
「そう。そのカナリアさんは、今は別の部屋に?」
「あ……いえ……カナ姉は……」
ウルスの口ごもる様子から『ゴースト』と戦って戦死したのだと何処となく察した。
「そう。変なことを聞いてごめんなさい」
「く、クロエさんが謝る事じゃないです! それにカナ姉は死んだワケじゃないので!」
「? そうなの?」
「はい! やる事が出来たって言って首都を去ったんです。詳しく話してくれませんでしたけど……『ゴースト』なんかにやられるヒトじゃないので!」
ウルスの様子からカナリアと言う狙撃兵とはかなり親密な関係だったようだ。
サリアに聞けばそれなりに分かるだろう。
「わたしやフーリーちゃん、レイヴン君や、ティーガ君からすればお姉ちゃんみたいなヒトだったんです」
「ウルス、貴女は――」
「お、ウルスじゃーん」
と、こちらへ向けられる声に耳を傾けると聞き覚えのあるモノだった。
北東の『氷壁』でも聞いた声。音の感知による造形分析からも『獣族』『狐』の耳や尻尾から名前は確か――
「フーリーちゃん」
「よっすよっす。あ、仕事中だった? えっと、クロエさんだよね? 私はフーリー、よろ〜」
「よろしく、フーリーさん」
私は握手を求めて手を差し出すが、フーリーさんは少し硬直するように止まっていた。
「うわ……改めて見ると……やっばぁ……」
「? なにか不快な事をしたかしら?」
「あ、違うの、違うの。クロエさんてさ、マジでパないよねー。なんていうか? 芸術品って言うか……」
「き、綺麗だよね!」
「そうそれ! 防寒着の上からでも身体のラインエグいし。何食べたらそんなんになるの?」
「食べ物よりも、身体のケアが大切よ。フーリーさんは少し猫背気味ね。背骨を整えれば視線が高くなって姿勢も安定するから、よりスマートに見えると思うわ」
「こんな感じ?」
フーリーさんは自分の腰と後頭部に手を当てて、一時的に姿勢を正した。それだけでスラリとした印象が感じられ子供っぽさが薄れる。
「ええ。その状態を常に維持できるようにすれば内臓が圧迫されずに代謝が正しく行われるわ。身体の調子も良くなるの」
「クロエさんっていつもコレ、意識してるの? めっちゃ疲れるじゃん」
「最初の頃はそうだったけど、今は特に意識してないわ。でも、私の師に比べればまだまだ体幹にブレがある方よ」
「クロエさんの師匠? うわ、めっちゃ厳しそうじゃん」
身体は強さの土台である。
長い時の中で“ヒト”を研鑽し続けたファング様からすれば私はギリギリ及第点なのだろう。
「んー、決めた。ウルス、“火パ”にクロエさんも連れてこうよ」
「ええ!? “火パ”って……フーリーちゃん。また怒られるよ?」
「未成年だけで集まるからダメなんっしょ。あ、クロエさんって何歳?」
「20代は過ぎてるわ」
「ほら、適任じゃーん。サリア婆ちゃんとも仲いいみたいだしさー。もし見つかっても防波堤になってくれるっしょ」
「く、クロエさんに迷惑をかけるのはよくないですよ!」
「ふふ。私は構わないわよ」
『オベリスク』独自の文化や習慣だろうか? 現地の者達の事を知る良い機会だ。
「ほら決っまりー♪ んじゃ、いつものところで! 先に他の奴らは集めとくかんねー。後、在庫ちょろまかしてガメた“火”も全部持ち込んどくから」
「あ、フーリーちゃん!」
バァイ、とフーリーさんは去って行った。ウルスは、もー、と肩をすくめて彼女の背中を見つめる。
「ごめんなさい、クロエさん。フーリーちゃんは、いつも一方的なんです。戦って疲れてるでしょうし、嫌なら断っても…」
「気にしなくて良いわ。私としても貴女達の事は知りたいと思ってるから」
私がそう言うと、ウルスから嬉しそうな視線が向けられる。
「旅の荷物だけ少し下ろすわ」
「部屋の外で待ってます」
私は部屋に入り、ポーチや道具を外す。
『獣族』は見た目以上に歳を重ねている場合が多くあるが、ウルスはもとよりフーリーさんの様子を感じる限り、彼女はまだ成人には成っていなかった。
「青年兵……ね」
『第三次千年戦争』の護衛任務の時でも度々見かけた“青年兵”は本当に緊急事態とも呼べる部隊だった。数合わせの兵士。
『解放軍』でも、彼らの様な未成世代が起用されている程に戦力には乏しいのだろうか?
「質問してみましょう」
サリアに聞けば簡単に分かるのだろう。しかし、現地との縁をつなぐ意味でも“彼ら”に直接聞いてみる事にした。




