第606話 『氷壁』の秘密
「『氷壁』は『オベリスク』の首都をぐるりと囲ってる。だから上部を馬車で移動する方が労力が少ないの」
「『氷壁』の強度があって成り立つ移動方法ね」
サリアとクロエは同じ馬車に乗り、移動を開始した。
目的地は『解放軍』の本部である。
「寒いのが難点だけどね。アンタも解ったと思うけど『氷壁』はかなり特殊な方法で作られた防壁よ。ある意味、この世界で最も優れた魔法技術と言っても間違いじゃないわ」
氷と水の性質を持ち合わせるモノを一時的に作り出す事は難しくない。
しかし、ソレを街一つを囲う規模で展開し、何十年も維持するとなると別の技法が必要になってくる。
「『精霊の国』の『マスタークラス』に会った事は?」
「いいえ。でも、『魔人』は『戦争』でも存在を感じた事があるわ。密度の高い魔力のコアを覆うように人型の魔力を形作っていた」
「外見は普通のヒトと変わらないんだけどね。アンタからすれば丸わかりか」
より正確に音と魔力を測る事で“捉える”クロエからすれば、生身とヒトと『魔人』は容易く見分けがつくモノである。
「『魔人』は古代種の『精霊』が自我を持ったモノ。あたし達の世界じゃ……【宵宮の槍】がソレに当たる存在ね」
「だったら、その『マスタークラス』はスサノオ並みの実力があるのかしら?」
「あたしは両方の本気を見たことがないけど……『マスタークラス』は知恵にもステータスを振った様な感じね。スサノオみたいに戦闘特化な感じじゃないわ」
そもそも、求められる環境が違う事もあり、優劣はつけられないだろう。
「ここでは、『マスタークラス』に絞って話をするわ。現時点で『マスタークラス』は四人。その中の一人――【湖の翁】レイクは『水の精霊』で50年前に『氷壁』の生成に協力してくれたの」
「【湖の翁】もそれなりの人格者なのね」
「あの爺さんは、ただ変態なだけよ。5年間隔で『氷壁』の様子を見にくるけど……チッ」
サリアからすれば、あまり好印象の存在では無いらしい。
「クロエ、アンタもあのジジィを見かけたらお尻に気をつけなさい」
「あらそうなの? ふふ。それじゃ気をつけておくわね」
ふー、とサリアは一度息を吐いて説明を続ける。
「その変態ジジィと“ヒュノスティエラ家”が『氷壁』の管理権を持ってるの。だから、ガイエンが『オベリスク』の首都にいる限り、『氷壁』は崩れる事も溶ける事も無いわ」
「それは、魔法の代償に釣り合って無いんじゃないかしら?」
クロエは即座に『氷壁』の矛盾点を指摘した。
本来、魔法とは事象に対する魔力が必要となる。
魔法による建造物であれば、出現後は魔力の維持が無くとも形を保つ事はあるが、その場合は理に準じるように崩壊する。
しかし、『氷壁』に関しては造った後も魔法効果を付与された状態で常に維持され続けているのだ。
「いくら『マスタークラス』が規格外と言っても、『創世の神秘』並みの力を持つわけじゃないでしょう?」
『氷壁』とはそれほどに規格外の存在なのだ。首都全体を囲むほどの広範囲。その巨大な形を維持する為に必要な魔力はどこから供給されているのか。
ある程度の知見を持つ者からすれば辿り着く疑問である。
「地下に初代【皇帝】が残した遺産があって、ソレが『氷壁』に魔力を送り続けているのよ」
「なるほど。表向きはそうなのね。周りの音は消したわ。本当は?」
サリアの答えはクロエからすれば予想外のモノだった。
「……初代【皇帝】――【地皇帝】ガリアの遺産は半分当たってるのよ。『オベリスク』の地下には条件の指定が真っさらな『ガリアの封印』の術式が残されていたの」
『ガリアの封印』は特定の条件を指定し、ソレに対して世界の帳尻を合わせるという究極の後出し魔法の事である。
「ガイエンの父は『『氷壁』の魔力が減ることも増える事も無く、封印状態とする』と条件を設定したわ」
「貴女はその場に居たのね」
「……まぁね」
サリアは当時を思い出す様に顔をしかめる。
『氷壁』の状態を見る限り、『ガリアの封印』は発動している。しかし――
「対価は?」
「ヒュノスティエラ家当主の命よ。25年事にヒュノスティエラの当主の命が消える事がこの世界の輪廻に組み込まれたの」
その言葉は知らぬ者が聞けば荒唐無稽過ぎる。しかし、サリアとクロエはガリアの魔法ならソレが可能である事を知っていた。
「それじゃ、ガイエンさんのお父上は……」
「あたしも可能な限り護衛に着いてたんだけどね。25年前にガイエンを庇って『ゴースト』に殺されたわ。と言うよりも、『ゴースト』に脅されたヒトにね」
「……」
世界の理を変える代償は決して安くはなかった。契約者だけではなく、ソレが繋いでいく“未来”も代償として設定されたのだ。
「この事を知ってるのは?」
「あたし、レイクの爺さん、ガイエン、スティリナ、そんでアンタよ」
「スティリナ?」
「ガイエンの奥さんよ。今も献身的に彼を支えてるわ」
「お子さんは居るの?」
「居ないわ。自分の代で『ゴースト』との戦いを終わらせるって言ってね。あの両足の義足も、可能な限り戦闘力を上げるために自分から『永遠の国』に行ったのよ」
ガイエンの義足を含める戦闘力は『魔騎兵』に追いつく程に強力なモノだった。
「ガイエンさんにどれくらいの時間が残されているの?」
「後、二週間ほどよ。それでガイエンは死んで『氷壁』は崩れる」
故に時間が無いのは『解放軍』の方である。
「……本当に不本意だけどね。ローハンなら『ガリアの封印』を何とか出来るかもしれない。でもその前に――」
「そうね。『氷壁』が消える前に『ゴースト』を始末しないとね」
己の身を捧げる。
それは残された者へ“悲しみ”を植え付ける事にしかならない。
“姉ちゃん――”
その事をクロエは……誰よりも理解していた。
すると、馬車が止まる。
「ま、ガイエンの事はクロエも気にかけといて。後、今のは他言無用ね」
「分かってるわ」
「降りましょ。『解放軍』の面子を歩きながら紹介するわ」




