第604話 広域殲滅魔法陣『天元』
何が起こったのか……外野からは到底理解出来なかった。
「…………」
レイヴンは『魔騎兵』450騎の放った“投槍”がクロエを避ける様に流れた様子を目の当たりにしつつ、理解する事を止めた。
恐らく偶然ではない。それだけは解る。そして、敵でないのならそれ以上考えるのは時間の無駄だ。
「サリアさん。『魔騎兵』全騎……“天元”の中に入りました」
「風は変わってない?」
「さっき報告した通りですわ」
サリアの指示通りに滞空しつつ、翼が受ける風を感じ取る。風速と流れの方角は今も変わりない事を伝えた。
「ウルス、フーリー。カウントダウンを始めるわ」
『わ、わかりました!』
『こっちは何時でも行けるよん』
「レイヴン、クロエとガイエンが上がってくるからアンタは援護しなさい」
「別に必要無いとちゃいますか?」
「援護しなさい」
「はぁ……了解ですわ」
レイヴンは翼を返すと、降ろしたロープに手をかけるクロエとガイエンの様子を注視。
サリアは相変わらずなレイヴンの様子を見届けつつ矢筒から二本の矢を抜く。
『長弓』は普通の弓よりも長距離へ矢を飛ばす。銃よりも環境に左右され易いものの、環境を利用すれば遥か先まで狙い撃つことは難しくはない。
『魔法付与』……『魔力』『環境属性』――
サリアは魔力を付与しつつ、弦を引き、角度をつけ、『千里眼』で着弾地点を見据える。
必要なのは理想結果。ソレに対して明確な実現性をイメージする事で“理想”と“現実”を繋ぎ合わせる。
「――――」
弦を離す。戻る力によって放たれたその一射は、撃った本人以外には誰にも悟られずに静かに戦場の上空を飛んだ。
サリアは間髪入れずに二矢目を引き絞ると、方向を変え、最初の一射と時間差になるように発射した。
その間、クロエを引き上げる滑車装置が破壊される事態が起こるも、サリアの集中力は僅かにもそちらに気をかけない。
「カウント5――――」
ガイエンがクロエを抱え、『氷壁』の側面を走る。
「4――」
矢が飛ぶ。上空の気流に煽られて、ソレを『風属性』として纏った事で、想定通りに飛距離が伸びる。
「3――」
ガイエンがクロエを抱えて飛来する“投槍”の範囲を駆け抜けると大きく跳び上がり、レイヴンがタイミングを合わせてその手を取る。
その時、彼方では『戦城』の一つが吹き出す様に空を舞った。
「2――」
矢が降りに入る。ガイエンはレイヴンに『氷壁』の上へ跳んだ方向を修正してもらい、着地。クロエと共に安全圏へ。
「1――」
『戦城』の破壊を確認したのか。『魔騎兵』は反転を始めると戦線からの離脱を始めた。
飛来する二射矢が、二つの起動陣へ同時に刺さるように着弾。サリアの魔力をスイッチに眠っていた魔力が陣の効果を目覚めさせる様に光り出す。
「『天元』! 起動!」
『起動です!』
『くたばれ! キモ騎兵共!』
北東地域『氷壁』前、寒冷平原に配置された複数の起動陣が発動。上空に光となって陣が浮かび上がると、ソレが繋がるように巨大な広域殲滅魔法陣――『天元』となる。
「総員、巻き込まれないようになるべく後方へ! クロエ様も、お下がりください!」
ガイエンの指示が飛び、クロエも崖際から下がる。範囲の中に居る『魔騎兵』は――
「ストラウス様……っ」
手間を掛けて『魔騎兵』を招集し、『氷壁』の突破は目の前にも関わらず、ゼダンを含める『魔騎兵』465騎が退却する事に躊躇いはなかった。
何故なら、彼らは『キング』のために存在するからである。彼らが剣を取る理由。それは全て『キング』の為だ。
前に主君が殺された時……己の無力と身が引き裂かれんばかりの悲しみに慟哭を叫ぶ事しか出来なかった。
あの様な事を……ストラウス様を……二度と失ってなるものか――
『キング』に剣を捧げた者全てがそう思っている。故に、この反転は決を取らずとも全騎が望んでいる決断だった。
「『キング』を……ストラウス様をお護りする! 全騎! 全力で駆けよ!」
角笛が吹かれる。上空に魔法陣が現れていたが、そんなもの何の意味もない。
この決死を越えた思いを抱く、我々の走破を止められるモノなど……この世界には存在しな――
「――――」
ゼダンはふと、妙な感覚を受けた。
“魔馬”から伝わる大地を蹴る感覚。ソレが突然、感じられなくなったのだ。
それだけではない。視点も少しずつ持ち上がっている様に――
「ゼダン大隊長!」
ガラの声が響く。背後を振り向くと……まるで吸い寄せられる様に『魔騎兵』達は地面の一部ごと、空へと落ちて行っていた。
そして、ゼダンも同様に浮遊感を受け、“魔馬”と共に空へ――
「なんだ……なんだこれは?!」
まるで世界の法則が狂った様に背後の部下達ともみくちゃにされる様に空へ吸い寄せられる。
そして、天空の巨大魔法陣より伸びる光の帯が地上の巨大魔法陣と繋ぐように合わさった瞬間――
「――――」
上空から押し付けるような『重力降下』により、『魔騎兵』465騎は地面に叩きつけられる。
まるで地面に投げつけられた様な衝撃。それだけでも大半が即死するも、第二波の『重力降下』が発生。
地面に押し付けられた『魔騎兵』達は踏み潰された果実のように血と肉だけを残し弾ける。
第三波による『重力降下』では、浮かんだ大地を均す様に重々しい音を響かせ、場を粛々と沈黙させた。
『天元』の効果が終わり、地上と上空の巨大魔法陣が霧散するように消える。
寒冷平原に残ったのは……血のシミの様に残る『魔騎兵』という汚れだけだった。




