第603話 私の手が気になる?
『魔騎兵』は“投槍”を終えた者から横へ避け、クロエとガイエンに対してU字に動くように攻撃を行なっていた。
例え450騎の大隊であっても長年の練度によって、一本も投げ損なう事はない。
標的は骨さえも粉々になるほどの“鉄の雨”に見舞われるのである。
「ゼダン大隊長」
ガラは後方で、治療を終えて新たな盾と“魔馬”を駆るゼダンへと駆け寄る。
450騎の突撃による掃討が終わった旨を確認し、報告をしに来たのだ。
「ガラ、大隊と合流する。補佐に就け。『オベリスク』の首都へ侵攻するぞ」
「大隊長、家畜二匹は未だ健在です」
「なんの冗談だ?」
ゼダンは操馬しながら思わず聞き返す。
「私も直接見たワケではありません。しかし、最後尾の信号旗は確かに……家畜が未だ存命していることを掲げています」
「……」
ゼダンは大隊に近づくと、ガラの言う通りだった。後方の旗は“赤”――未だ敵中に在り、を表している。
「防ぎ切ったか。だが、そう何度も同じ事は出来まい」
先ほどの突撃は単調な一斉射撃。しかし、次の突撃はゼダンが直接指揮を執る事で『魔騎兵』大隊は生き物の様に動きを変える。
ゼダンとガラは大きくUの字を描く『魔騎兵』450と合流。総勢485騎。それがゼダンの指揮下に入る。
「家畜どもを踏み潰し、『オベリスク』に『キング』の道を作る」
「ハッ!」
角笛が鳴る。それはゼダンが指揮に入ることを意味し、『魔騎兵』全騎が指示の初動を見逃さない様にする為の合図でもあった。
圧倒的な“群”は“個”を恐れない。
古今東西、世界が変わっても……その法則は乱れる事がなかった。
家畜が己の罪を裁かれる事が望みならば……『キング』を侮辱した罪を含めて、我々が清算してくれる。
「ガイエンさん、立てるかしら?」
「驚きました」
ガイエンは差し出されるクロエの手を取り、片膝の状態から立ち上がった。
「……」
クロエの手は柔らかい女性の手。およそ、達人と言われる者たちが持つ、練度を蓄えた手には程遠いモノだった。
身に纏う物を整え、剣を置けば誰もが彼女を戦えるとは思わないだろう。
「私の手が気になる?」
「! 失礼しました……」
「ふふ」
目の前で起こった、避けていく“投槍”、と言う事象。ソレを自分よりも遥かに華奢な彼女が要因である事は間違いない。
「クロエ様、貴女様と共に戦える事をとても心強く思います」
「お礼を言いたいのは私の方よ」
「私共は助けられてばかりですが……」
「機会と言うモノは得ようとして得られるモノじゃないの」
クロエは迫る『魔騎兵』へと耳を向ける。その音に先程の様な“死の気配”は感じない。
だが“己の壁”は壊れなかった。しかし、破壊に必要なキッカケは得ることが出来たと手応えを感じている。
「ガイエンさん。作戦はまだ“耐え”で良いのかしら?」
「少々お待ちを」
『氷壁』の上を見るとロープが降りてきた。
「どうやら、敵を全て誘い込めた様です」
「後はサリアに任せましょう」
ガイエンとクロエはロープを握り、合図を送ると引き上げられて行った。
「――中列50、後列50。“投槍”時間差で遠投斉射」
ゼダンのその指示を、ガラは角笛の音程を変え、更に信号旗を二色上げることで細かく後方へ伝える。
指示を受けた中列は高く放物線を描くように50の“投槍”を放つ。次の瞬間、ゼダンの『磁界魔法』によって方向は――
「!」
「狙いを変えてきたわね」
『氷壁』の上段へクロエたちを引き上げている滑車装置へとピンポイントで襲いかかった。
配置に着いていた『解放軍』の兵士達は即時退避。滑車装置の一つが瞬く間に穴だらけになり、破壊され機能を失う。
そして――それに繋がっていたロープを握っていたクロエが落下を始めた。
「クロエ様!」
ガイエンは咄嗟にロープから手を離すと義足に搭載されている『重力魔法』のギミックを展開し、『氷壁』の側面を走り、クロエへ追いつく。
「緊急事態故、お身体に触れることをお許しください」
「わざわざどうも」
クロエを前に抱えるように受け止めると、そのまま『氷壁』の側面を駆ける。
そこへ、『魔騎兵』後方が放った50の“投槍”がゼダンの『磁界魔法』にてガイエンとクロエを仕留める為に広範囲を埋め尽くす様に襲い掛かった。
「クロエ様、少々移動が荒くなります」
「私の事は気にしなくて良いわ」
義足へ風が這う。踏み出す一歩が大きくなり、踏みしめる力強さが、ガイエンを更に加速させる。
「ハァァァァ!!」
“投槍”が襲いかかる。『獣族』『狼』の本能を曝け出す様にガイエンは歯を食いしばり、更に加速――そして……
「――――」
僅かに襟首を“投槍”が掠めた程度で、その範囲から脱し、ガイエンは義足の『重力魔法』を停止すると同時に上空へと飛び上がった――
しかし、それをゼダンは読んでいた。
後方50の追加“投槍”。宙に浮いた二人に成す術は無い。
放たれたその“投槍”にゼダンは『磁界魔法』を意識しようとした、その時――
地面がこれまでにない程に鳴動し、彼方の後方……『戦城』が吹き出す様に破壊されて宙を舞った。
舞う瓦礫は帯電するかの様に雷が這ってい
「『キング』……」
その瓦礫は『キング』が身を置く『戦城』だったのだ。周囲に存在する『戦城』を含めれば総戦力は『魔騎兵』3000は下らない。だと言うのに――
「ストラウス様!」
ゼダンは主の名を叫ぶと“投槍”への『磁界魔法』の付与を止め、全騎に退却指示を出す。
「ボス」
宙に浮いたガイエンへはレイヴンが飛来。その手を掴み、“投槍”を回避し、そのまま『氷壁』の上部方向へと誘導して手を離した。
「レイヴン君、助かりました」
ガイエンは『重力魔法』を再起動。『氷壁』の上部に重々しく膝を折り曲げて着地すると、スッと立ち上がる。
「クロエ様。ご到着なさいました」
ガイエンはクロエを丁寧に降ろし、姿勢を整えると一礼する。
「ありがとう。空の貴方もね」
レイヴンにも『音魔法』でお礼を言いつつ、『氷壁』の端まで歩む。
敵の要所が吹き飛んだらしく、『魔騎兵』は突撃を反転させ、退却の動きを始めていた。
そして、その方向に感じられる魔力は――
「ふふ。『シャドウゴースト』が出ても知らないわよ、ローハン」




