第602話 クロエの走馬灯
ガイエンは己の正面に『氷柱』を出現させ、それらを一つの矢尻状に組み合わせる様に展開した。
その『氷角陣』にて正面から“投槍”を受け止める形を作り上げる。
更に、ソレの後ろにもう一層の『氷角陣』作り出し、自身はその最後尾で片膝を着いて陣形に魔力を集中。可能な限り、強度を維持する。
“投槍”に対して角度をつけて受ければ、理論上はかなりの威力を後方へと流せるハズ……
「クロエ様、私の後ろへ!」
ガイエンはクロエを自分の後方へ誘導する様に声をかけるが、彼女からの返答はない。
「クロエ様?!」
「ガイエンさん、貴方は自分の護りにだけ集中した方が良い。そうしないと生き残れないわ」
「しかし、クロエ様は――」
と、『氷角陣』からクロエの様子を伺おうとした時、視界を埋め尽くす程の“投槍”が迫っていた所だった。
「っ!」
ガイエンは咄嗟に身を引き、クロエの助言通りに『氷角陣』の後ろへ。魔力を込めて強度の維持に努める。
450騎の『魔騎兵』によって生まれる地鳴りと、放たれる“投槍”はまるで雪崩の如く二人へ襲いかかった。
どんなモノでも無慈悲に飲み込み、有無を言わさずに破壊する嵐の中に居るような音は、『氷柱』の削れる音であるとガイエンは感じ取る。
これ程とは……
“理論”は大半が“現実”に呑まれる。
『氷角陣』は“投槍”に対しての防御としては理に叶っていた。
しかし、勢いが想定以上である事と『氷柱』一つ一つの硬質度では、槍先により僅かに表面が削られる。
それによって生まれる“欠け”は次第に傾斜ではなく、面として受け始め、そこから亀裂が広がる様に『氷角陣』を破壊する様に広げていく。
一層目の『氷角陣』は30秒と保たずに破壊された。展開した『氷角陣』の層は後一つ。
「くっ!」
“投槍”の轟音が二層目――目の前の『氷角陣』にぶつかり、振動を伝わらせて来る。
本能は新たな『氷柱』生成に魔力を割くと間違いなく死ぬと警告している。故に目の前の『氷角陣』の維持に全ての魔力を注いだ。
止まない轟音。目の前の壁の向こうには死が襲いかかっている。今のガイエンにクロエの事を気にかける余裕はなかった。
耐え忍ぶ。命を拾う。ただそれだけを考えて魔力を――『氷角陣』に集中する。
目の前にヒビが入る。轟音はまだ止まない。
「オオオオォォ!!」
ガイエンは、より振り絞るように雄叫びをあげ、全力の魔力を『氷角陣』へと注ぐ。しかし、ヒビは――大きくなり――
「――――」
硝子を突き破る様に破壊され、ガイエンへ“投槍”が襲いかかる。
「っ!」
「動かないで」
澄んだ声と同時に目の前に立つ彼女。ガイエンは理解できないモノを目の当たりにする――
死の淵に立った時、人は“走馬灯”を見ると言う。
ソレは目の前“死”から生き延びる為に過去の記憶から、状況を打破する要素を探す為の防衛本能だと、マスターは言っていた。
“そこで質問なのだけれど、クロエ。貴女は走馬灯を“見る”のかしら?”
目の見えない私が死の淵に立った時に発動する防衛本能……修行中の頃に何度かある。
その都度、段飛ばしに己の理解が深まった……気がする。
そう、“気がする”のだ。結局は自分が持ち合わせる力。世界を見れない私の人生において“走馬灯”による防御本能は映像で導びかれるモノではなく、認識が深まる事……なのかもしれない。
正直、コレに対する理論的な答えは無い。説明出来る気もしない。
私は生きて、立って、死が去っている。
目の“死”は……クロエ・ヴォンガルフと言う存在を呑み込むには事足りない事実を、摂理に証明する為の機会なのだと――
飛来する“投槍”の濁流。
そう、濁流だ。呑み込まれれば成す術もなく死を迎える。しかし、目の前の“死”を濁流と感じたのなら、『水魔法』に長けた私には“死”にはなり得ない。
「――そうね。こうすれば……」
迫る“投槍”は水膜を貫く際に、僅かに切っ先を乱されて私を外れた。いや……外させた。
世界が遅くなった様な感覚。
水膜をまるで指先の様に繊細に感じ取れる。
『音魔法』による意図した振動で揺れる水膜。それを通る“投槍”を私を避ける様に誘導する。
「こうして感じると……随分、素直な攻撃なのね」
訓練された“投槍”は兵士一人一人の練度が伺える程に洗練されたモノであり、それ故に私を避けるように誘導するのは容易かった。
濁流の様に飛来する“投槍”を――
逸らす。ぶつけ合って弾けて避けさせる。半身になり、少しだけ動いて躱す。
本来であれば避ける隙間すらない敵の一斉攻撃。それに私が手を加えて乱す事で、自らの立つ場所を安全地帯として行く。
その時、近くで耐えるガイエンさんの防御が一つ、破られた様子を感じた。
「――先があるかしら」
不可能の“壁”。今、その前に立っている。
私は歩む。濁流の中を悠然と、己の理を崩さぬ様にガイエンさんへ向かって、一歩――、一歩と――
「オオオオォォ!!」
彼の雄叫び。魔力を全開にして耐えているが、力と力で勝負しては数が勝る。
彼の防御が砕けると同時だったけど……間に合って良かった。
「っ!」
「動かないで」
彼を安全地帯に入れ、残り全ての“投槍”を凌ぎきる。




